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野菜売りのお兄さん
1
村外れに、その野菜畑はあった。夏にはカボチャやトマト、ナスがよくとれる。気のいい栗色の髪の青年が世話をしているのだ。リーナが行くと、それを売ってくれる。ただ同然で。というのも、その青年、ジンは花が好きだったから。リーナが道端でとったハルジオンやヒマワリでも、顔をくしゃっとさせて喜んでくれる。その花たちと交換で良かったのだ。
その青年といると、リーナはいつも涼しい風を感じた。どんな灼熱の太陽が照りつける真夏でも。
井戸で冷やすと夏野菜たちはしゃっきりとおいしい。瑞々しくて、病を患っているリーナの祖母、ルカの体によく効いているようだった。
「リーナ、お前も十五だろ。村外れになんか行くな。あいつの嫁さんにでもなるつもりか」
お酒を飲んだ父さんがリーナに説教する。リーナは、嫁さん、という言葉を聞いて初めて、その想像をしてしまった。まばゆい金髪の長いポニーテールの先を、もじもじとリーナはもてあそぶ。
「ジンはいい人だよ」
そしてニコッと笑って、食べ終えた食器を水場に出した。
家の外にある水場からは、三日月が宵の夜空にほっそりと出ているのが見えた。猫の目みたい。秋の始まりのいい時間。あちこちの家から飯炊きの匂いが漂ってくる。
そう言えば、ジンは何を夕ご飯に食べてるのかな?
リーナは想像した。ジンは生き物を殺すのが嫌いのようで、ニワトリや豚を家に飼っていなかった。卵さえ食べないようだった。小さい頃のことも、聞いてもうまくはぐらかされてしまう。
優しい栗色の髪のお婿さん。
想像すると頬が赤くなって、ゆるゆるとにやけてしまう。
その時、大砲のような音がずしんと鳴った。地鳴りもする。
「ラギア火山!」
リーナは遠方に目を凝らす。村から十キロほど離れた、森をずっと行くとあるラギア火山から、火球が確かに空に上ったのだ。
「リーナ。酒をつげ酒を」
父さんが呼んでる。
噴火しなきゃいいけれど。
ラギア火山を心配そうに見つめながらも、リーナは日常の食卓に戻る。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
その宵の食事の時間、ジンは、昼間にリーナがくれたコスモスの花びらを一枚一枚丹念に剥がす。それを宙に手で「浮かべる」と、氷でできたお皿に入った豆のスープに入れてしまった。
ジンは豆のスープの中でも、花びらをとりわけ大切そうに、美味しそうに食べていた。
暗闇でも目の見えるジンは、闇の深い小屋の中でも蝋燭ひとつつけていなかった。
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