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つり革に掴まり揺れに身を任せていると、‘黒い糸’という言葉も頭の中でゆらゆら揺らぐ。 朝の慌ただしい時間の隙間に聞こえただけの言葉が頭から離れない。 その言葉と結びついた隼人の顔も。 最近は思い出すことも少なくなり快適に過ごしていたのに。 聞き逃した‘黒い糸’の意味を調べたら想像しているものとは違うかもしれない。 …でも絶対に幸せな意味じゃないよね。 あえて調べてさらに自分を追い込むのはやめよう。 駅前のコンビニでコーヒーを淹れていると古園(ふるぞの)君から声をかけられた。 『おーはよーございまーす。』 相変わらずの気の抜けた声に笑ってしまう。 彼のお会計を待って一緒に外に出る。 細身の体に少し茶色の髪の毛。 身長はさほど高くないのにペットボトルを持つ手は大きくて…肌は艶やか。 そう、朝から燦めく初夏の太陽に照らされた顔も爽やかで艶やか。 3つ年下ってだけでこんなにも若いかしらね…羨ましい。 『今日も綺麗だね。』 『なんすか、それ。』 一重で切れ長の目はあまり表情が変わらない。 同期の佳代(かよ)は太々しいから苦手と言うが、私は彼との会話が楽しい。 2年前、彼が転職してきた時に私も同じ技術部に異動したばかりだった。 新参者同士でよく話すようになり、その時から仕事に対する感覚も気が合っていた。 この時間の出勤もそうだ。 私は電車の混雑を避ける為にかなり早く出勤している…古園くんもかなり早い出勤ということだ。 毎朝コンビニで会うが、彼は何で早く来てるんだろう? そういえば聞いたことないな。 古園くんが昨夜食べたハンバーガーでいかに胸焼けしたか、の話しを聞きながら会社に向かう。 苦々しげに話す様子がおかしくて大笑いしながら信号待ちをしていたら声を掛けられた。 『祐希(ゆうき)。』   それは頭から爪先までを震わせる低い声。 雑踏の中でもかき消されない強い響き。 言われ慣れた私の名前。 ‘黒い糸’が頭から離れなかったのはこの前兆だったのか。 ストンと腑に落ちた。  横を向くと隼人がそこにいた。
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