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再会してから1週間ちょっと経つが、隼人が配属されたのは古巣の生産管理部でビルが違う為、顔を合わせることも無かった。 3連休前の金曜日、やりかけの仕事を残すのが嫌で残業していた。 図面を書き終わってみると、残っているのは古園くんと私だけだった。 『終わったから帰るけど?』と声を掛けると『じゃあ僕も帰ります。』と一緒に事務室を出た。 1階の管理室に古園くんが鍵を返しに行ってくれている間に外に出て夜風に当たっていたら、横から隼人が現れた。 『出てくるのを待ってたよ。』 急に現れたことに驚いて言葉に詰まっていると、一方的に話し出した。 『祐希、お願いだやり直そう。結婚する時に携帯を変えさせられて連絡できずにいた。由里子(ゆりこ)とは別れる。あの時のこと、ずっと後悔してた。俺なりに大切にしていたのに信じてもらえなかったことに頭に血が上ったんだ。祐希が別れに応じてその後拒否され続けたのが意外で自暴自棄になって由里子と結婚したんだ。』 全身から黒い糸を放ちながらじわりと近づいてくる。 待ち伏せしていたこと、私とやり直したいと思っていること、後悔してると言われて…揺れないわけではない。 だけど最初の再会で感じた黒い糸に絡め取られるような感覚は起こらなかった。 私に‘お願い’と言いながら自信を含んだ声に頭が冷静になっていく。 私にも未練があると思い込んでいるようだけど、この前古園くんに鬱憤をぶちまけた時に残っていた未練は弾け飛んでいた。 さらに近づかれて、自分の心を声にした。 『私はやり直すつもりはありません。』 『なんでっ…!』 隼人が手を伸ばしてきたその時、ビルの前にタクシーが停まり黒いワンピースを着た女性が勢いよく降りてきた。 足早に歩きながら涙声で『隼人!』と叫んでいる。 そしてその視線は私に向けられ、みるみるうちに形相が変わった。 この女性は隼人の奥さんか…と認識したと同時にどこからか古園くんが駆けてきて私の手を掴み引っ張って、まだ停まっていた女性が降りたタクシーに私を押し込んだ。 『とりあえず出て下さい!』 古園くんに急かされた運転手さんは手早くドアを閉め車を発進させた。 追ってきた黒い糸がぷつっと千切れた音がした。
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