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【黒の理由】
うつ伏せに倒れたまま、ロルフは花瓶のように全く動かない。体の下には黒ずんだ血だまり。
サラはまだ手にしたパレットナイフを放せずにいた。そこにべったりついた血は、もう乾き始めている。
彼の足先の床には数フィートも這ったとわかる血の跡があった。
何とか逃げようとするロルフを追って、サラは何度も何度も刺した。そして彼は目を見開いたまま手を伸ばした格好で尽きたのだ。
「好きだったわ。あなたのこと、本当に。だけどあなたが悪いのよ」
だって許せなかった。
「これからもよろしく」だなんて。
こんなはずじゃなかった。
誰もがサラを羨んだ。結婚相手のロルフは華やかな人気職業の操縦士で、気さくで爽やかなハンサム。
それが、結婚してすぐ、彼は事故で大怪我を負った。もう飛行操縦士はできなくなった。
そして絵描きになりたいなどと言い出した。
「才能はあるんだ。コンクールで賞を取れたら仕事も来る」
それが口癖で、日がな一日キャンバスに絵の具を塗りたくっている。かと思うとあれやこれやを絵に写し取りたい、とか、描いた絵を売りに行く、とかで何日も留守にする。
やっと帰ってきたかと思えば、
「ごはんまだかい?」
「新しい絵の具を買いたいんだ」
「また売れなかったよ……自信あったんだけど」
そんなしょぼくれたことしか言わなくなった。
結婚直後は、サラに服でも花でも買ってくれた。記念日ごとに一緒にオーベルジュなどに出かけたりもした。
それが。
今じゃ何も贈ってくれないし、どこに連れて行ってもくれない。
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