生き物たち

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生き物たち

 燃やすごみの日、回収が終わった昼前、集積所にバツに組んだ枝が置かれていた。掃除当番から連絡を受けた自治会は招集をかけ、全員が仕事を中断して集まった。集会所の古畳に膝突き合わせて座った皆の顔はかすかに青ざめていた。 「じゃあ、ヨシんとこのおばあの言ったこと、ホントだったんだな」 自治会長がはげた頭の汗を拭う。 「ボケてっとそういう霊感みたいなの働きやすいのかも」 だれかがつぶやくが、馬鹿なこと言うなと叱られた。 「まあ、そういう理屈の話は後。いまはこれからどうすっか決めねえと」 会長が皆の顔を見回す。 「どうすっかって言っても、従ったほうがいいだろさ。ネズミにゃかなわねえ。いたずらも困っけど、赤んぼやガキがあんな目にあわされたらたまんねえぞ」 ひとりがあきらめたように首を振った。  皆は謎の大けがで苦しんだネコを思い出した。窮鼠猫を噛むと言うが、噛み傷だけじゃなく汚物を塗られてひどく膿み、高熱を出して生死の境をさまよったのだった。なんとか助かったが飼い主の負担は大変なものだったらしい。 「ちょっと聞きてんだが、俺はおばあの言ったことってのをはっきり知らねんだ。噂だけでよ。どうすっか決める前にちゃんと教えてくんねえかな」  若者の言い分に会長はうなずいて説明を始めた。  二か月ほど前、おばあが一声ちゅうと鳴いて変なことを口にするようになった。認知症だったのでそのせいだろうと思われていた。しかし、その件に関しては内容が一貫していて矛盾はなく、聞いていると不気味ではあった。 「口寄せってあるだろ。あれみたいなもんで、おばあの口を借りてネズミが話してるって体だった。それによるとネズミどもがなんかのきっかけで賢くなったんだと。で、奴らは食べもんをわけろってよ。生ごみじゃなくてちゃんとしたもんを置いとけって。さもなきゃ……」  言い淀んだ会長の後を別の者が続ける。 「そんでいたずらが増えたと思ってたら、あのネコの事件が起きて、おまえらの子供もこうするぞって。で、回答期限の合図はバツ印だって言われたのが先週さ」  集会所は静まり返り、年季の入った送風機だけがうなりを立てていた。 「ネズミなんかやっつけちまえば。毒でもなんでも使って。ほんで、役所にも連絡して駆除してもらおうや」 「馬鹿こけ。そりゃそれで何十匹かはやっつけられるさ。でも全滅は無理だし、そうなったらどんな仕返しされることか」 「そだな。どんな家もネズミを完全に防ぐなんて出来っこねえ。仮にできてもそんな修繕やらする金なんてねえし」 「そう、そこがネズミどもの巧妙なとこでよ。要求されてる食べもんの量ならまあこづかいくらいのもんさ」 「つまり、言うとおりにしたほうが面倒はない、と」  その言葉で空気が決まった。面倒がない。それこそ求めていたものだった。決定は大人たちに密かに知らされた。黙っているように言う必要などなかった。こんな話、だれもよそではしない。  食べ物が置かれるようになってから問題は起きなくなった。その後、おばあを通して置き場所をお地蔵様の祠に替え、供え物のように取り繕うことになった。  そうやって一応の平穏を取り戻したある日のことだった。あれ以来憑き物が落ちたかのようにネズミの話はしなくなったおばあが縁側で日向ぼっこをしていた。息子が白湯と薬を持ってそばに行く。おばあの丸い背がしゃんと伸びた。  きっと振り返ってはっきりした目で見上げ、両腕をひろげて、 「かぁー」 了
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