葬儀と言えば

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葬儀と言えば

 小森妙子は今日、母方の親戚の家の葬儀に来ている。  母方の叔母が亡くなったのだ。長い間パーキンソン病を患い、施設に入り、その後熱中症で寝たきりになり亡くなった。  寝たきりの時期が長かったので、皆、心の準備はできていたと言えばできていた。  葬儀までは結構日程の問題もあり時間があったので、妙子は帰省して、きちんと準備して葬儀に望んだ。  パンプスなのでパンツスーツだけれど、膝下の黒いストッキングで。  もし伝染したときの為にスペアも持って。というか、いつも、葬儀用のバッグにはスペアが入っている。  もう何年入っているんだろう。このストッキングのスペア。  実際の葬儀で伝染したことはなく、ずっと持って歩いているストッキングなのだった。  母方の従姉弟は妙子より二つ年上の礼子と、一つ年下の正だ。  当然、血縁が近いので、妙子と、姉の弘子の前の列に座る。  その時、正座したその足の裏を見て、姉の弘子が妙子を突っついた。  もう和尚様のお経が始まっている。 『何?』という目で弘子を見ると肩を震わせて笑いをこらえているではないか。  そう。何故か、妙子と弘子は葬儀の時にどうしても何かおかしいツボにはまってしまい、お経の時に笑いをこらえることになるのだ。  今回は従姉弟のソックスだった。  姉の礼子はストッキングではなくソックスを履いていた。それは良いのだ。  だが、葬儀なのに何故か黒ではなく、普段履きの赤と緑のソックスだったのだ。  そのうえ、指の付け根の辺りには穴が開いている。  そして、弟の方は黒いソックスだったが、これまた思いっきり大きな穴の開いたソックスを履いているのだ。  妙子の家は洋品店をしているので、もし、葬儀に間に合わないのだったら、言ってくれれば、黒いソックスやストッキングなどいくらでもあるのに、なんで言ってくれなかったの~。と思いつつも、もうおかしくてたまらず、姉妹揃って、二列目の席で良かったと思いつつ身体を震わせて、笑いをこらえるのだった。  そのまま火葬場に行き、その後は町の葬祭場に場を移して、親戚一同が集まり、食事会になった。  その時に妙子と弘子は従姉弟たちにソックスの件を話した。 「あ~、バタバタしててさ~、座っちゃうからいいかと思ったんだ。」 「いやいや、座ったら足の裏が後ろの列の私たちに丸見えだよ。」  と伝えると 「あ~、他の親戚が後ろじゃなくて良かった。」  と笑っている。  そもそもこの従姉弟二人は妙子や弘子よりも勉強の出来が良く、元々しっかりした性格だったはずだったのだが、大人になったら一事が万事こんな調子で何かにつけて間が抜けている。 「礼子ちゃんかわったよね~。」  と、妙子と弘子はよく話しているほどだった。  しかし、この葬儀での出来事は間が抜けているでは済まないだろうと思った。  喪主である二人が穴の開いたソックスを。赤と緑の上に穴が開いていたり、黒でも穴が開いていたりと、ちょっとひどすぎる。  亡くなった叔母が生きていたら、きっと二人とも思いきり叱られていたと思うのだ。  ともあれ、葬儀の席は亡くなった人を弔う場所。  気持ちがあればよいとも思うのだが、せめて服装はしっかりと整えなければと、妙子は思った。  黒いストッキングと黒いソックス。あなたはちゃんと用意してありますか? 【了】
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