day.3 飛ぶ

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day.3 飛ぶ

 飛ぶというのは孤独な行為だ。誰かと手を繋いでというわけにはいかない。体を繋ごうとすれば失速する。失速して地面に激突すれば他より頑丈な身体を持つ俺でも無事には済まない。つまり死ぬ。  仲間にバレていないだろうが、大きな身体に似合わず小心者の俺は、羽根を広げて遠く遠く、高く高く上がるしかない。なぜか? 死にたくないからた。  ある時、不意に腹の辺りがむず痒くなり下を見ると、こちらを見上げる人間と目が合った。目が合った? まさか。こっちは上空何千メートルを飛んでいるんだぞ。ありえない。ありえないのに腹に感じるムズムズは消えない。気になり、さっき人間が見えたあたりに戻る。やはり目が合う。俺は目を逸らした。知らん顔で飛び去るつもりが気づけば地面に降り立っていた。あんなに忌避していた地面に。  人間が俺の羽ばたきの余波くらい吹っ飛びかけたので、もう片方の羽根で受け止めてやる。「なんで俺を見る」と聞くと.人間は「いや、よく飛ぶなって」と言い、転んだ拍子に擦りむいた肘を舌で舐めた。  それからはその人間を俺の背に乗せて飛ぶようになった。飛ぶという行為が孤独ではなくなった。「なんで飛ぶ?」と人間に聞かれる。「俺は鳥だから。飛ぶように体ができている」人間は「フゥン、やる事が決まっているっていいね」と言った。  人間の素性は知らない。人間は死ぬまで俺から離れなかった。  あいつが居なくなっても俺は飛んでいる。「なんで?」胸の内に住むようになったあいつが俺に問う。お前に会いたくて飛んでいるんだよ、と俺はそいつに答える。胸の中のあいつが、困ったように小首を傾げ、はにかんで見せる。その笑顔が好きだ。  あぁ、そうか。お前は俺が好きだったんだな。そして俺も。
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