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day.5 琥珀糖
とある高級宝石店に一対の男女が入店した。もうすぐ結婚する二人は結婚指輪を買いに来たと言う。男の方は大金持ちだった。店員はこれはいい客が来たぞと、とびきりいいダイヤの指輪を勧める。しかし女は無表情でつまらなさそうにしている。
「好きな石を選んで指輪をオーダーメイドするのはどうでしょう」客を逃したくない店員は、色とりどりの宝石の裸石を二人の前に並べた。
すると何を思ったのか、女はその中の一つをつまみパクりと口に入れてしまった。唖然とする店員と男を前に、女は宝石を吐き出して「美味しくないわ」と言う。「ごめんなさい。突拍子もないことをして。昔、母に作ってもらった琥珀糖を思い出したの。あの時の琥珀糖も綺麗だったけど、やっぱり美味しくなかったわ」
ようやく表情が戻った女に男は喜んだ。女が口に含んだ石も、他の石もまとめて買うことに。
女が欲しがったのは石ではなく母親との思い出だった。店員はそれに気づいたが、男はまったくわかっていない様子だった。まぁ、いい、と店員は頭を下げ店を出る二人を見送る。男の買った宝石が女の新しい思い出になるかどうかは、店の責任ではないので。
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