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 かつてソフィアはとある地方領主の娘だった。世が世なら、伯爵令嬢として何不自由ない生活をしていたかもしれない。そんな幸せな未来が訪れなかったのは、領内で魔物の大量発生が起き、ちょうど出かけていた家族もろとも巻き込まれてしまったから。  ソフィア以外の家族はみな命を落とし、一命をとりとめた彼女もまた重傷を負った。それでもソフィアは伯爵家の跡取り娘だ。しっかりとした身分の婚約者もいたから、彼の実家が後ろ盾となり、早めに結婚式を挙げれば何の問題もない人生を歩めるはずだった。ところがソフィアは、さらなる地獄へと突き落とされる。なんと、代理人を名乗る遠縁の親戚と婚約者だった男に伯爵家を乗っ取られてしまったのだ。 「目の見えない令嬢に家を継げるはずがなかろう。安心するがいい。儂らがこの家と領地を発展させてやる。お人好しのお前の父親などよりもずっとな」 「どうせ結婚するなら、見目麗しく健康な女がいいに決まっているだろう? その白く濁った気持ち悪い瞳をこちらに向けるな」  そう言いながら、遠縁の親戚と元婚約者はソフィアのことを嘲笑った。彼らは共謀して、ソフィアが受け継ぐべきものを奪っていったのだ。  もしかしたらソフィアの財産を守るために何かしらの手段があったのかもしれない。けれど目も見えず、家族も失い、婚約者にも裏切られてしまった小娘には何をどうして良いか見当もつかなかった。逃げ出そうという気力さえ失くしてしまったのである。  家族ぐるみで仲良くしていたはずの領民たちにもなすすべはなかった。新しく領地を治めるという彼女の親戚や隣の領を治めている元婚約者たちを敵に回せば、この土地で生きてはいけない。誰もがソフィアの苦境を知りながら、見て見ぬ振りをした。 「お嬢さま、本当に申し訳ありません」 「何卒、どうかお許しを!」  床に這いつくばるようにして許しを乞うたのは、屋敷の使用人たちだ。彼らの前で、ソフィアはドレスや母親の形見となる宝石を取り上げられた。下女ですら身に着けないようなぼろきれを身にまとい、棒で散々に小突き回されたあげく、彼女は屋敷の裏庭に追い出された。 「今日から、そこがお前の家だ。自分の置かれた立場をわきまえて暮らすように」 「外に放り出されないだけありがたく思え。口ごたえするようなら娼館に売り払ってやるからな」  それ以来ソフィアは、打ち捨てられた庭師小屋でただひとり生活するようになった。
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