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 国境では検問が行われていた。日頃はかなり緩やかなものらしいが、近隣の伯爵領で夜盗が出たとあって、珍しく物々しい雰囲気だ。 「長くかかりそうですか?」  若い夫婦が、堅物そうな検問の男に声をかけた。綺麗な身なりをしている夫婦は、新婚だろうか。心配そうに周囲を眺めている。 「ああ、例の屋敷には目の不自由な先代領主のお嬢さんがいたんだが、見つかっていないそうだ」 「目の不自由なお嬢さま?」 「そうさ。王命でお嬢さんが成人するまでの間の代理人が立てられていたらしいんだが、元婚約者が共謀して屋敷も何もかも乗っ取っちまったって話さ。早くに家族を亡くし、目も見えなくなり、ろくに世話もされず、最後は夜盗にさらわれちまうなんてお気の毒な方だよ。聞けば聞くほど可哀想な話さ。貴族ってのは、不自由な生き物なんだなあ。すべてを放って逃げ出すこともできないんだから。世界はこんなに広いっていうのによ」  やりきれなさからだろうか、男が頭をかきむしる。彼は人情に厚いがゆえに、上に睨まれてここ最近僻地に飛ばされてきたばかりだったのだ。 「ところで、そのお嬢さまを虐げていた代理人一家や元婚約者というのはどうなったのです?」 「それが、天罰がくだったようでね。なんともむごいありさまだったらしい。目が見えなくなったり、重い火傷に苦しむことになったり、手足が動かなくなったり、耳や鼻を削がれた者もいたらしい」 「そう、ですか」 「ああ、すまねえ。若い女の人の前でする話じゃなかったな」 「いいえ。どうぞお気になさらず」  そのまま黙って考え込んでいた若夫婦の奥方が、ゆっくりと口を開いた。 「意外と、そのお嬢さまも幸せに暮らしているかもしれませんよ」 「まあ、野盗に気に入ってもらえれば売り払われずに女房になれるかもしれんが。自分をさらった相手と結婚する気になんてなれるもんかね」 「それは……。でも、ひとの縁というのは奇妙なものですから」 「うら若きお嬢さんが不幸せになる想像よりかは、ましだな。万に一つの可能性を信じようじゃねえか。それで、あんたたちはこれから隣国かい?」 「はい。ここからほど近い隣国の領地で暮らしております。生活基盤が整ったので妻を迎えに来たのですが、まさかこんなことになるとは」 「おお、いいねえ。旦那さんはいい身体をしている。騎士か何かなのか?」 「実は、功績をあげてようやく騎士になれる予定でして」 「まったく、ふたりして幸せそうで羨ましいねえ。野盗は王都から来た()()()()奴らがなんとかしているらしいが、あんたたちも気を付けな。特に奥さんは綺麗だからな。変な貴族に目をつけられないようにしないと」 「まあ」  ()()()()()()()()()()()を持った奥方は嫌でも人目を引く。厄介な貴族に見つかれば、一夜の相手として召し上げられてしまうかもしれない。 「ほら、順番を繰り上げといてやる。さっさと行きな」 「ありがとうございます」  お似合いの美男美女夫婦は、足早に国境を通り過ぎていく。ふたり手を繋ぎ、光の射す方に向かって。
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