灼王朝恋愛譚~落涙~

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暑さが蘇り、季節がまた廻ってきたことを知らせた。植物が生い茂る季節が終わり、国を枯らす季節が近づいていた。マヒカは銀色の髪をたなびかせながら、空を見上げた。空は青く澄みわたり、雲は穏やかに流れている。おだやかな空を暫くは見られないと思うと寂しさを感じる。 「マヒカ様」 黒髪の侍女がカーテンの隙間から現れ、走り寄った。 「キナリ」 マヒカがはっきりと責めるような口調で名前を呼ぶと、彼女は申し訳なさそうに舌を出して、足を緩めた。 「雨乞いの準備が整っているようです。舞台に参られますか?」 「もちろんよ」 カーテンの向こう側には舞台が用意され、民が今か今かとマヒカの登場を待っている。 もうすぐこの土地は酷い熱と日差しが襲てくる季節がくる。その前に雨乞いを行い、水不足を退けるのが風習だった。 「雨乞いは民の希望を雨神に伝える儀式よ。必ず成功させなければ」 マヒカは手首につけた腕輪を撫でた。金色の輝く腕輪には鈴がついており、動かすたびに凛とした音が響く。褐色の肌に飾られたいくつもの装飾品は全て儀式の為に代々伝えられてきた物だ。美しい音色で雨神を呼び起こし、世界に雨をもたらす。 「民の、国の命がかかっているの」 「はい。マヒカ様なら必ず成功されます。だって毎年いい感じに降っていますから」 「同じ時はないのよ。去年できていたからって」 「それにこのような美しい姫君が現れただけで雨神は喜ばれますよ。もちろん民も。だから大丈夫です」 キナリの純粋な瞳にマヒカは肩を下ろした。気を張っていたのに、軽く言われてしまうと注意する気も起きない。どれほど雨乞いをしようとも雨が降るかは運しだいだ。 「そう」 「はい!」 「ありがとう。もう行くわ」 「いってらっしゃいませ」 恭しく頭を下げるキナリに背を向けて、カーテンをくぐった。多くの民が喝采を上げ、明るく手を叩いた。マヒカはグッと空気に飲まれないように唇を引き締め、凛とした表情で舞台へと上がった。彼女が舞台に跪くと喝采と拍手は鳴り止み、静寂が満ちる。儀式中はマヒカ以外が音を立てることは禁止されている。かすかに鳥の鳴く声だけが聞こえていた。人々の視線が体に突き刺さり、またマヒカの身体に緊張が襲いかかる。一片の狂いなく、舞わなければ。  マヒカは瞼を閉じて静かに息を吸い、雨乞いの舞いに入った。大きく手を広げて立ち上がり、天を見上げる。雨を、神の加護を乞うように両手を掲げた。ゆっくりと瞼を開けると眩いほどの日差しが瞳に入った。  全ての想いを吸い込んでしまいそうな澄んだ青色が広がっているが、その青色の一点が黒い。立ちくらみを起こしてしまったかもしれない。マヒカは気を落ち着かせる為にゆっくりと瞬きを繰り返した。しかし黒点は消えない。むしろ大きくなった。  マヒカの手に導かれて天を仰いでいた民にも動揺が走った。黒い点はゆらゆらと揺れ、次第に人の形をとった。民たちはザワザワと騒ぎだし、空を指差した。見守っていた王族たちは立ち上がり息を呑む。 空から人が降ってきた。
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