桟敷への招待

3/5
前へ
/203ページ
次へ
「おうおう、紳士淑女の我が民たちよ、お揃いで」  いきなり大きな声が轟いた。 「あら、アルトワ伯爵、ご招待を賜りましてまことに光栄なことでございます」  エマが丁寧な所作ですぐさま対応した。  エマに続いて各々がアルトワ伯爵に感謝の言葉を述べ、アルトワ伯爵はそれにひとつひとつ笑顔を向けて丁寧に応えると、最後のピエールへは意味ありげな視線を向けた。  そのときちょうど開演の時間になった。五人はそれぞれの座席に座り、舞台の方へと意識を向けた。  オペラが始まって皆が舞台に集中し始めると、ピエールがアルトワ伯爵に耳打ちした。 「アルトワ伯爵の桟敷はお隣ではないのですか?」 「なぜわざわざ隣に行く必要がある? 皆を招いているのに」  アルトワ伯爵もそれに応じてささやき返す。 「今夜はいったいどのような趣旨があるのですか?」 「俺に何か狙いでもあると言うのか? 素直にただオペラに招待されたのだと考えられんのか?」 「考えられません」  ピエールの即答にアルトワ伯爵は顔をほころばせた。  ピエールはアルトワ伯爵の表情を受けて話を続ける。 「ベルタン侯爵にどういったご用件が」  ニヤニヤとしていたアルトワ伯爵は、ピエールの言葉で表情を変えた。  鋭い視線を向けて、ピエールだけがわかるくらい微かに出入り口の方へ首を傾けた。  アルトワ伯爵の意図に気がついたピエールは、無言で立ち上がりそのまま桟敷を出ていった。  数分遅れてアルトワ伯爵も退室した。
/203ページ

最初のコメントを投稿しよう!

42人が本棚に入れています
本棚に追加