32 東洋系ペット氏はお暇を告げてきた

1/1

56人が本棚に入れています
本棚に追加
/67ページ

32 東洋系ペット氏はお暇を告げてきた

 そして、お祖父様から指示された日目前となってきた。  さてどうやって、追い出される形を取るか……  そう思いながら、廊下のガラスを力一杯拭いていたら、不意に黒い影が私の後をよぎった。  慌てて振り向くと、長い黒髪を後で三つ編みにしたあのペットの少年だか青年がいた。  足音一つさせない彼に、私はぞくりと背筋が寒くなるのを覚えた。  そんな私の様子を感じ取ってか、彼はしっ、と自分の口元に指を立てた。  黒い黒い瞳が、笑っていないといつもより大きく見える。 「お願いがあります」 「お願い?」  はい、と彼は今度は笑った。  途端、眠る猫の様に、目が細くなった。 「私そろそろお(いとま)いたします。ので、ちょっと騒ぎを起こそうかと。ご協力願えれば」 「お暇……?」 「で、あの瓶を階下に下ろしていただきたく」 「……どうして? 貴方あの中に入ってきたんでしょう?」  それには笑って答えない。 「それに貴方が『お暇』したら、夫人が怒るじゃない?! 八つ当たりとかされたら困るんだけど」 「でも、アリサお嬢様、貴女一つ騒ぎがあった方がいいのではないですか?」  ぎくり。 「何でそんなこと」  それにも彼は答えなかった。  ただ猫の様に笑うのみ。  背筋がぞっとする。  何だか、もの凄く怖かった。 「……何をすればいいの」 「下にあの瓶を下ろして、夫人と男爵が揃っている時を見計らってその辺りを通って下さい。そうしたら、貴女があれを壊す様に用意しておきますから」 「用意って」 「ああそれと、瓶を下ろしたい、というのは邪魔だから夫人がそう言っている、でいいですよ。そうできますから」  では、と言って再び足音一つ立てず、彼は去っていった。  私は取るものも取りあえず、使用人棟に戻った。  そしてハルバートに相談し、瓶を下ろしてもらう様に手配した。 「奥様が? アリサ嬢さんに言うんかい?」 「ううん、あのひとが言ってたのよ」 「あのひと?」 「あの――」  名前一つ知らない、少年だか青年だか判らない、ペットの役割の。 「そんな奴の言うこと、真に受けるんですかい?」 「……ハルバートはわかんないわ、あの時、何かもの凄く、私怖かったんだから……」  確かに顔色が悪い、とその場に居たメイド達も口々に言った。 「ともかく嬢さんが出てくきっかけ作りにはいいんじゃないかい? まあ、別にそうしたところであたし等は知らないことだ」  瓶があの二階の廊下には邪魔だ邪魔だ、と言っていたハッティはそう言った。  了解、とあの時瓶を二階へと運び込んだ男達はうなづいた。 
/67ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加