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4 覚えたことと教えたこと
仕事以外にも、覚えることはあった。
例えば裁縫。
刺繍はできた。
だが服そのものを直したり繕ったりする裁縫はしたことがなかった。
これはファデットがみっちり叩き込んでくれた。
彼女はもともと他の家で侍女に近い待遇のメイドだったらしい。
それも、その裁縫の腕が見込まれてのことだという。
夜会等へ行くためのドレスは身体に合わせて着せる。
全くの「お仕立て」でない限り、業者が大まかにサイズの近いおすすめの品物を持ってきる。
そしてこれと決めたら着付ける時点でぴったりに合わせたりする。
それを上手く手早くするという能力がファデットにはあった。
「ミュゼットさんはもともと刺繍はできているから、真っ直ぐ、細かく縫う基本はできていますね。だから私が教えるのは、人の身体に合わせることと、その際に邪魔にならない様に気をつけること。あとは、お仕着せを自分で直すことですね」
ファデットは皆に対して言葉が丁寧だった。
他の皆、それぞれ言葉的には雑なところがある。
雑役女中的だ、というのはそういうところだ。
彼女はその中ではやや異なっていた。
だからと言って、周囲から浮くということもなかったというのは凄いことだ。
一方料理はドロイデについて回った。
とは言え、まずは野菜を洗うところからだったが。
そして包丁に慣れること。
「やりづらかったらまずこれで練習しな」
と言われたのは、半分傷んだりんごとかだった。
傷んだもの、みずみずしさが無くなったものはその部分を避けて甘煮にする。
じゃがいもよりも皮むきの基本を覚えるにはいい大きさとなめらかさと柔らかさなのだ。
切る・えぐるといった作業もこれでできる。
それに慣れたらじゃがいもだった。
このじゃがいもなのだが、ドロイデの揚げるそれは、後で街角で食べるものとはひと味違っていた。
後で聞いたら、ドイツ流だそうだ。
正直、ソーセージだのパンだの煮込みだのは彼女の作るそれの方が、後に外で食べたそれよりずっと美味しかった。
無論指をケガすることも、時には材料の臭さに閉口することも、そしてたまにはお菓子の端をもらうこともできた。
美味しいと思えるものを作ってくれた彼女には感謝しかない。
一方、私が教えることもあった。
それはアリサに対してだ。
屋根裏部屋で、夜寝る前に私達はよく話し込んだ。
仕事中にはできない話だ。
その中で彼女は私が知っている物語の話をずいぶんと教えて欲しい、とせがんだ。
八つで勉強を放り出さざるを得なかった彼女は圧倒的に読んだ本の数が少なかった。
私は自分の知っている物語を寝る前によく話した。
それこそ童話から、背伸びして読んだ大人向け小説まで。
他の使用人達よりは確かに私は読み書き計算以上のことはできたのだ。
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