5 家を出てから、マルティーヌと

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5 家を出てから、マルティーヌと

 だがそんな日々も二年で終わった。  私が十五の時だった。  男爵は私が自分の胤でないことを知ってしまったのだ。  私自身、どうして自分とアリサがそう変わらない歳なんだろう、と思わなくもなかった。  ただそれは、母が男爵を慰めたからだ、と思ってもいた。  だがそうではなかった。  母は他の男との間に子供ができたことを知ったからこそ、傷心の男爵につけ込んで関係を結んだのだ。  後に誰が本当の父親であるのかは明らかになったが、この時点ではまだ私は男爵が父親だとしっかり思い込んでいた。  ところが、どういう訳かそれが嘘だと判ってしまった。  この辺りは夫婦間の出来事なので判らない。  それで母が離婚されるかというと、そういう訳でもなかった。  この時点では既に弟ができていた。  これで彼女のこの家での地位は安泰だったのだ。  ただ男爵の怒りは強かった。  もともとさほど戻ってこないひとだったが、更にその度合いは強くなった。  それに何と言っても、私に対して偽物の子供、ということで憎しみが湧いたらしい。  こうなるともう私は両親(と思われていた人々)から憎まれ、何をされるか判らなくなった。  実際、母の視界に入るまい、とはしていたが男爵に見つかってしまった時に、彼もまた、私をひっぱたいてきた。  私の顔があまりにも母と似ていないこともあったかもしれない。  派手な彼女とも、後に散々言われる「ゲルマン系」な男爵の特徴も示していないのだ。 「このままじゃ貴女の身が危険だわ」  そうアリサが切り出して、皆で私を外へと逃がしてくれた。  行き先がこれまたアリサの乳母のマルティーヌのところだ。  この辺りに彼女のお人好しなのか何なのか判らないところがある。  マルティーヌは乳母になった時点では、生まれたばかりの子供を亡くした女だったという。  つまり本当に八歳までアリサを娘のつもりで世話し、愛してきたひとなのだ。  そんな彼女からすれば、私は自分を追い出した女の娘なのだ。  これはアリサには秘密だが。  正直、当初はマルティーヌと私の仲は相当ぎくしゃくしていた。 「……お嬢様も何だって、また酔狂な」  そうこぼしていた。  だがそこは、この二年間で得たアリサの様子を話すなり、マルティーヌが請け負った内職を自分もしたい、仕事があまり無いなら家事を、外に働きに出るならそれでも、と積極的に出たのが効いたのだと思う。 「あんたはあの女とは何か違うね。おんなじつもりでいて悪かった」  そう言ってくれるまで、半年みっちりかかった。  アリサへの手紙にはそれは一言も書いていない。
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