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23 母は碌でもない女だった、ただ
翌朝、この結末で良かったのか、とアリサに問うと、逆に彼女も私に問いかけてきた。
「夫人に直接一発入れてやりたかったんじゃないの?」
「そうね」
そう言ってから、私はううん、と首を横に振った。
「たぶん、誰かがやってくれて良かったのよ。だって私がどうこうしようと思ったなら、私、あのひとの顔に思いっきり傷をつけて放り出したいとか思ってしまってたかも」
たぶんそれができたなら。
そしてその時の反応が見れたなら。
それなら私はすっきりして、彼女をきっちり見捨てることができたのだと思う。
口では誰かがやってくれて良かったのだ、と言ってもそれはその方が騒ぎにならないとか、罪に問われないとかそういうことで。
私の気持ちはきっと納得したのだと思う。
だけどきっとアリサにはそれは理解できない。
彼女にとって母親の愛情はそもそも無かったのだから。
*
その後、私はスリール子爵家に正式に引き取られることになった。
夫人は、
「本当に孫と暮らせる日が来るなんて! もうあきらめていたのに!」
と抱きしめてくれるし、子爵も、
「おいおいでいいからお父様と呼んでくれると嬉しい」
と言っていたので。
「わかりましたお父様」
早々に言ったら顔が真っ赤になってその場で硬直してしまった。
そしてこうも言った。
「この歳まで結婚せずに来てしまったから、たぶんこの先も無いよ。だから君はこの家の唯一の若い女性として今まで苦労した分、少しくらい我が儘言っておくれ」
唯一の若い女性。
ふとそれを言われた時、母のこだわりが少し判った様な気もした。
「お父様、母はどんな家庭で育ったかご存じですか?」
「アルマヴィータ? そうだね。あのひとは殆ど自分の育った家庭のことは言わなかったな。……ああ、ただ、家族が多かったとは言っていたな」
「家族が多かった?」
「うん。きょうだいが多くてうんざりしていたと言っていた。そのくらいかな」
「他には? 両親とか」
「……聞いても全く答えてくれなかったね。きっと上手くいっていなかったんだろう」
やっぱり。
そんな気はしていた。
母は自分の家庭にうんざりしていたのだ。
おそらくは両親が嫌いで、多すぎるきょうだいの中で自分が埋もれてしまうのが嫌で。
だからこそ女としての自分一人がどんな形であれちやほやされる環境に居たかったのだろう。
かと言って、私に対してまでそれをヒステリックにぶつけるのは大人げないと思う。
ただ、そうできたということは、母もそういう扱いを受けていたのかもしれない。
アリサが両親揃った家庭の形がよく判らない様に、母もまた、何か欠けた家に育ったのかもしれない。
そして自分自身、それがやはり上手く作れなかった。
けど同情はしない。
私は確実にそれで傷ついたし悩んだ。
今だって、もしかしたら、なんて心の何処かで捨てきれない。
いちいち心に刺さった棘がうずく。
だけどこれからは棘を内側から押し出すくらいに充実した生活を送ろう。
母は碌でもない女だった。
ただ私の父にこのひとを選んだのだけは正解だった。
私はこの先、幸せになる。
何が何でも。
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