ママと娼婦

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 「話してよ。」  淳平は、そう言った。俺が、彼の身体をひどいやり方で貪っている最中に。  「話して。あの電話のことでも、それ以外でもいいから。」  痛い、とも、苦しい、とも、淳平は言わなかった。痛みに目を眇め、苦しげな息を吐きながら、話して、と繰り返した。  「これまで、なにも訊かなかったよ。祐樹がいなくなるのが怖かった。でも、それが良くなかったんだと思う。……話してよ。」  俺は黙っていた。黙って、淳平の中で射精した。出ていくのはただ精液だけで、一緒になにか俺のどろどろした感情が出ていってくれるわけでもないのに。  「話して。」  淳平の両腕が、俺の頭を抱いた。俺は、頭を振ってその手を退けようとした。優しい手に触れられたくなかった。自分はどこまでも汚いと知っていた。  話して、なんて。そんなこと、俺はなにを話せばいい? 姉と寝ていたこと? それを話そうとしたら、父の失踪から端を発する、長い長い話が必要になる。俺は、誰かとそんなに長い話をしたことはなかった。それは、姉とさえも。  父は、物心がつく前にいなくなっていたし、母は、俺がそんなに長い話をするような年齢になる前に、死んでしまった。姉とは、話なんてしないで身体をつなげてばかりいた。これまでのセフレたちとは会話なんて一切しなかったし、時々できた友人たちとも、その場のノリみたいな会話しかしてこなかった。だから俺には、そんな会話をする積立なんてなかったのだ。それを今求められたって、どうにもならない。俺は淳平とも、セックスしかしてこなかった。  「上手く話せなくても、いいから。俺、全部聞くから。」  俺の頭を強い力で引き寄せながら。淳平が言った。俺の頭の中を覗いているみたいな台詞だった。俺は、それが怖かった。覗かれれば、怯えられる。嫌われる。逃げられる。そういう思考しか、俺はしてこなかった。  「俺は、逃げないから。」  淳平の声が、遠くに聞こえた。耳の奥に、血の膜が張ったみたいに音が聞き取りにくい。それでも淳平の腕は、少なくとも俺に、姉を思い出させはしなかった。硬さが、重さが、強さが、あまりにも違う。  「……裏切られた。」  口から出てきたのは、ぎすぎすに掠れた声がそれっきり。口にしてから自分でも、そうだったのか、と思った。裏切られた。俺は姉のことを、ずっとそう思っていたのだ。俺には、姉しかいないのに。醜悪な脳内さえ晒して抱きあった相手は姉だけなのに、姉はあっさり、俺を捨てて結婚なんかしたから。
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