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数回のコールの後、誰かが電話を取った。俺はそれが姉だと確信していた。理由は分からない。空気、みたいなものだろうか。少なくとも、俺には姉の気配は分かった。それ以外の誰の気配も分からないけど。
俺から姉に電話をかけるのは、はじめてだった。だからだろう、電話の向こうの姉は、戸惑ったように黙っていた。
「……姉ちゃん、」
姉を呼ぶ俺の声は、妙に幼い響きかたをした。それは、姉の身体を知る前みたいな。もう、記憶も薄い、姉と普通の姉弟として暮らしていた頃みたいな。
「……会いたいよ。」
その言葉を口にした途端、感情が崩れ落ちるかと思った。もう少しで、熱されたアスファルトに崩れ落ちて泣いてしまいそうだった。
俺は、ずっと姉に会いたかった。母親みたいな顔をしたあの姉ではなくて、娼婦の目で俺を抱いた姉に。そして、なんで俺と寝たのか、その理由を訊きたかったのだ。姉は、母親の顔を被ることで、俺の問いをいつだって封じてきた。俺は、姉のその卑怯さを責める言葉も持たなかった。失いたくなくて。最後に残った、俺の家族を。
電話の向こうで、姉はやはり沈黙していた。さっきまで会ってたじゃない、なんてことを言わないのだから、姉にもきっと、俺の言いたい意味は伝わっている。姉だって、そこまで卑怯にはなりきれないはずだ。俺も、姉の最後に残った家族だから。夫ができた姉にだって、血族が俺一人という事実は変わらずに残っているはずだ。
「姉ちゃん、会いたい。」
もう一度、繰り返す。これまで、こうやって乞うて姉から与えられないものはなかった。だから、傲慢な自信があった。姉は、俺の言葉に従う。
随分長い沈黙の後、姉は、細い声で言った。
「家に行くわ。」
その声は細すぎで、母親の皮をかぶっているのか、娼婦の色を滲ませているのか、それすら分からなかった。
「うん。」
俺はただ頷いて、電話を切った。姉に、会う。あの家で。
早く帰って、支度をしなければ、と思う。俺は、姉の使っていた部屋も、姉と何度でも身体を繋げた畳の部屋も、どちらも襖に板を打ち付けて封鎖している。それを外しておかなければ、姉は傷つくだろう。姉の存在を、必死でかき消した結果のあの板。意味はなかった。なにをしていても俺の中に姉はちらついていた。それでも、なにか対処をしなければ、自分が対処をしようとしたという印がなければ、おかしくなりそうだったのだ。
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