ママと娼婦

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 過ぎた話でしょう、と、姉は言った。いっそ傲慢なくらいの色気に満ちた物言いで。俺は、今度ははっきりと首を横に振った。過ぎていない。なにも、過ぎてはいない。俺にとって物事は全部つながっていて、姉との関係もどこかで途切れることはなく、今までひとつなぎの出来事として俺の中に残されている。ごく当たり前の姉弟として過ごした日々も、娼婦の目をした姉と身体ばかり重ねていた日々も、母親の顔をした姉に世話を焼かれている今現在も。  「じゃあ、どうしてほしいの? また私と寝たいの? それとも、どこか遠くに行ってほしい? それか、いっそ、死んでほしい?」  叶えるつもりか、と思った、また寝たいと言えば俺と寝て、どこか遠くに行ってほしいと言えばどこかに行って、死んでほしいと言えば死ぬのかと。  分からなかった。姉は、艶やかな眼差しで俺を眺めていた。その目に囚われると、姉のことはなにも分からなくなった。これまで一度も、姉のことを分かったことなどないという気もした。その感覚は、俺を絶望させるには十分だった。  「……姉ちゃん、」  なにを言いたいのかもわからない。ただ、姉を呼んだ。側に来てほしかった。もっと、側に。そうでなくては怖くなってしまいそうだった。姉のことも、それ以外のこの世の全ても。  こんな気持ちで、姉と寝ていたのだという気がした。ただ、側に来てほしくて。それ以上を望んだこともなく、ただ、この世で二人きりになってしまった姉を、肌で感じていなくては不安で。  「……姉ちゃん、一緒がいい。」  絞り出せた言葉は、それだけだった。  なぜだろう、淳平の顔が頭を過ぎった。淳平がいたら、止めてくれるだろうか。修羅につながるしかないこの言葉を吐く俺を。  止めてほしかった。誰かに。まともな感性を持つ、誰かに。でも、淳平はここにいない。彼に背を向けたのは俺自身だ。  「……祐樹、」  短い沈黙の後、姉は俺の肩にまた触れた。今度は、指先で、そっと。それなりに頑丈な身体をした大の男である俺には、不釣り合いなくらい、それはおっかなびっくりの動作で。  はっとして姉を見ると、姉はなんの表情も浮かべていなかった。さっきまでの娼婦の顔も、いつもの母親面も、どちらもそこから消えていて、あるのはただの無表情だった。姉の中でいろいろな感情がぶつかり合った末に、相殺されたみたいな、無表情。そんな顔をする姉を見るのは、はじめてだった。
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