ママと娼婦

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 嫌な記憶ばかりたどってしまった。もう、なにも思い出したくはないのに。  俺はうんざりした気分で身体を起こし、マットレスの上で膝を抱えて夜明けを待った。なにも考えずに済むように、煙草を吸った。何本も何本も吸った。はじめからこうして夜を越せばいいのに、そうしないのは、せめてもの抵抗だった。今夜こそ、まともに眠れるかもしれないと。  俺専用の灰皿に吸殻が盛り上がる。きっちりと閉められたカーテンの向こうが、うっすらと明けてくる。俺は、自分がとんでもない失態をやらかしたのではないかという気分になって、煙草のフィルターをきつく噛んだ。  姉は、俺に犯されたがっているのかもしれない。それなのに俺は、こんなふうに馬鹿みたいに煙草ばかり吸って、また夜明けまでの時間を無駄にした。  10歳だったはじめての夜から、姉が結婚して別々に暮らすようになった16歳までの6年間、俺は何度でも姉を抱いた。望まれたこともあるし、望んだこともある。望まれた理由は、分からない。望んだ理由は、もっと分からない。それでも、あの黄ばんだ畳の上で、姉と体を交えた。この世に二人きりだった。  今、姉には夫がいる。真面目で、やさしいひとだ。だから俺はもう、お役御免だろう。でも、夫になるひとと付き合っていた時分や、婚約していた時分、そして、嫁いでいくその日の朝まで、姉は俺を求めた。  あの朝は、奇妙だった。俺は、父が残した狭いアパートに一人で残ることに決まっていて、姉は夫になるひととこのマンションに移り住むことになっていた。だから、あれは、最後の朝だった。  前の晩、姉と俺は、当たり前の姉弟が別れを惜しむみたいに、父母の思い出話を少しした後、別々の部屋で寝た。だから俺は、姉と寝ることはもうないのだろうと思っていた。  ひとりとひとりの夜が明けて、二人で黄ばんだ畳の上のちゃぶ台に向かい合って、朝飯をとった。姉が用意した、いつもの和食。それをまだ食べている最中、姉が急に俺に手を伸ばした。それからは、なし崩しだ。  姉の夫が姉を迎えに来たとき、俺たちはまだ身体を繋げていた。もう時間だから、と、何度も囁きあったのに、離れられなくて、  合鍵を持っていない姉の夫は、何度もインターフォンを鳴らし、姉の携帯も鳴らした。  もう、離れないといけない。  何度も何度も囁きあって、ようやく身体を離した。姉は手早く髪や服装を整え、荷物を抱え、振り向きもせずに部屋を出ていった。俺は、朝食の続きに取りかかった。あの朝、あの時間を、姉がなんと言い訳したのか、俺は知らない。
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