ママと娼婦

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 家には帰れなくて、それ以外に行くところもなくて、俺は驚くほどつまらない人間だな、と実感しながら、淳平の部屋のドアを叩いた。インターフォンがないので、誰? と誰何しながらドアを開けた淳平は、まだ眠たそうに目を眇めていた。  「祐樹。」  淳平が嬉しそうに声のトーンを上げるから、俺はそのまま引き返して家に帰りたくなる。そんな歓迎を受けるような人間でないことは、俺が一番知っている。  「おはよう。早いね。」  「……うん。」  淳平は、もちろん俺と姉の間にあったことを知らない。それでも多分、俺がどこかからの帰りにここに寄ったことには勘付いている。淳平は、勘がいいから。  「入って。」  「……うん。」  淳平がドアを大きく開き、俺はその手に従って中の1kに通される。きれいに片付いた部屋だ。必要最低限の家具しかないからそう見えるのだろうか。青と茶色でまとめられたその部屋で、俺はいつでもベッドにしか用がない。淳平もそれは分かっているようで、ちょっと笑って、シャワー浴びて来るね、と引っ込んで行った。  俺は自分の最低具合に吐き気を催しながら、青いチェック模様の布団がかかったベッドに座り込む。  淳平は、ゼミの同期だ。そして、その前はセフレの一人だった。  姉が嫁いで行った16から一年か二年くらい、俺は女ばかり抱いた。相手は誰でもよくて、バイト先の同僚やら客やら、高校の同級生やら後輩やら先輩やら、街で引っかけた人やら、とにかく手当たり次第と寝ていた。そしてその後、男と寝るようになった。女と寝ても、姉の面影が深まるだけだと気が付いた……というよりは、認めてしまったからだろう。  男は、相手の調達が女のときより難しかった。だから、アプリを使うようになった。それで知り合って、何度か寝た相手が淳平だった。そして、大学のゼミが始まった日、同じ教室にその馴染みの顔を見つけ、お互い仰天した。それ以来、俺はアプリを使わなくなり、淳平とばかり寝るようになった。情が移った、というよりは、単に便利だからだ。一々アプリで連絡を取り合ったりしなくても、淳平ならその日に都合が合えばセックスできた。  淳平は、ゼミが同じになってから、何回目かのセックスの後、アプリ、辞めたんだ、と俺にスマホを見せて言った。俺は、なにも言えなかった。アプリを開くことはなくなっても、消去してはいなかったから。
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