病気

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病気

 商店街でガラスケースの中に入ったケーキを見ていた時、ふと視線の先にクッキーの袋があったので、それを買った。店員はクッキーの袋を取り出して、丁寧に袋の中に入れた。夏の熱気はいくらか落ち着き、八月も終盤に差し掛かっていたが、午後の穏やかな気候だった。病室で待っている京子のことを思い出し、少しだけ切ない気持ちになる。僕らは高校生の頃に出会い、今日まで付き合ってきた。僕は大学を卒業した後にシステムエンジニアとして働いていて、京子は心臓の病気になり、自宅で療養をしていたが、また手術のために入院することになった。医師からは余命が長くないことを告げられている。だから僕はこうしてお見舞いに顔を出すが、心の何処かで別れの日が来ることを覚悟していた。  何度か葬式に行ったことがあるが、自分の大切な人を亡くした経験はあまりなかった。だから京子が亡くなったら自分がどう感じるのか、今でも予測できずにいる。京子と過ごした日々は、記憶の中で美化されて、かけがえのないものになっていた。もしかしたら病気が治るかもしれないという期待もあるが、こういう時は最悪の状況を考えてしまう。  クッキーの入った袋を店員から受け取ると、午後の住宅地の中を歩き始めた。電線の上にはカラスがいて、鳴き声がしている。僕は病院へ早足で向かっていた。今日は休日のせいか人通りが少ない。街は静寂に包まれていて、懐かしい感じがした。  病院へ着くと、受付で名前と電話番号を書き、ネームプレートを受け取った。エレベーターに乗って京子がいる三階の病室に向かう。病室のドアをノックすると京子の声がした。 「わざわざ悪いね」と京子は言った。 「これ買ってきたんだ」 「ありがとう」  僕は京子からペットボトルの紅茶を受け取り、クッキーを紙皿に開けて食べ始めた。なんだか今日は穏やかな日で、時間がゆっくりと過ぎていくような気がする。京子はクッキーを掴むと口へ入れた。僕はそんな京子を見ていて、こんなに美しい人がもうじき死ぬのかという理不尽を感じていた。  僕らはクッキーを食べ終えると話をした。京子は最近小説を書いているらしい。 「もし私が死んだら、小説を本にしてね」 「どうして?」 「啓介に覚えていてほしいから。何か形に残して置きたいんだ」  僕らはそんな話をしながら、午後を過ごした。十六時になると、僕は病室を後にした。途中で看護師とすれ違い会釈をした。
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