拘留

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拘留

 警察がやってきて、呆然とその場にナイフを持って立ち尽くしている僕は手錠をかけられた。周囲の見物人の話し声が幾重にも重なって響いている。僕は諦めた気持ちで連れていかれた。パトカーの後部座席に取り押さえられながら座っていると、過ぎていく街の景色が見えた。  立花悟を刺したのは、彼が僕に嫌がらせをしていると思っていたからだ。周囲の人は皆僕に冷たくて、立花が悪口を言っているのを聞いて、殺意が沸いた。研究室から出てきた立花のことを持ってきたナイフで刺した。その瞬間今までの鬱屈した怒りがなくなった気がした。  立花は救急車で搬送された。おそらく死んではいないが、今後の彼の人生に大きな影響を与えるだろう。 「なんでこんなことしたんだ?」と僕を取り押さえている警官が言った。 「あなたには僕の気持ちはわからないですよ。どんなことを感じながら生きていたのか知らないでしょう」 「君には未来もあったのに、残念だな」  警官は予想に反して僕に同情しているようだった。僕を乗せたパトカーは大きな交差点の前で停止して信号を待っている。僕はいったいこの後どうなるのだろうかと考えた。人生に期待しているわけではない。ただこれから先どんな目に遭うのか想像しているだけだ。  パトカーは警察署の前に着くと、僕は中へと連れていかれた。取調室に入ると、そこには静寂と無機質な雰囲気があった。  僕は椅子に座らされると一人の警官が入ってきた。 「どうだ?」と警官は言った。 「今更聞くこともないでしょう。僕は嫌がらせをされて、その怒りから彼を刺しただけです」 「嫌がらせって何をされたんだ」 「彼とは研究室が同じなんですが、僕の持ち物を盗んだり、ノートをくしゃくしゃにしたり、友人には僕の悪口を言っていて、それで怒りを感じたんです」  もう一人の女性の警官が後ろで僕が話したことをパソコンに入力していた。 「思うんだけど、それは現実なのか? 君は事件を起こすような人間には見えないし、今は正気を失っているんじゃないのか」  僕はそう言われてここ二年間のことを思い出した。大学では孤立していたが、講義には出ていた。しかし周りの人から常に疎まれているような感覚があった。僕はそのことに鬱屈した思いを感じていたが、今日まで耐えてきた。それが今回の事件で全てが終わろうとしている。 「確かにここ二年間生きた心地はしませんでした。周りの人から疎外されている気がしました」  僕はそう言うと警官の目をじっと見つめた。
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