事故

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事故

 朝目覚めると鳥の鳴き声が聞こえる。ベッドから起き上がってカーテンを開けると、夏の日差しが部屋に差し込む。窓を開けてエアコンを消すと、部屋の中は熱気に包まれる。着ていたパジャマを脱いで、大学に行く服に着替えた。  階段を下りてリビングへ行くと、母親が朝食を食べていた。 「おはよう」と僕は言う。 「今日は早いね」 「テスト前だから図書室で勉強するんだ」  洗面台で顔を洗い、髪を整え、歯を磨いた。テーブルには母親が作った焼鮭、目玉焼き、みそ汁、ご飯が並んでいる。  食事をしながら、テレビのニュースを見ていた。内容は遠くの国で起きている戦争のことだった。怪我をした市民が運ばれていく様子が映し出されていた。  僕は食事の間、戦争について考えた。こんなに平和な日本も昔は戦争をしていた。そう考えると今の生活は当たり前ではないのだと思った。  バッグを持って家を出ると、交差点の信号が青になっていた。あまり時間がなかったので、走っていく。信号が点滅して赤に変わったとき、交差点を渡ろうとしたが、自動車とぶつかった。僕は急に視界が変わり、意識を失った。  目覚めると白い天井が見えた。隣には母親が立っていて、「よかった」と言って泣いていた。  しばらく呆然としていると白衣を着た医師がやってきた。 「目が覚めたんだね」と医師は言った。 「僕はどうなったんですか?」 「心配ないよ」  医師はしばらくの間、母親を連れて部屋を出ていた。病室の中は静寂に包まれていて無機質な印象を感じる。  僕は体を起こそうとしたが、その時、違和感に気が付いた。下半身の感覚がないのだ。上半身は動かすことができたが、下半身は動かない。  全身に汗が伝うのを感じた。僕は一生このままではないかと思った。  母親が戻ってくると、僕の側にしゃがみ込んだ。 「下半身が動かないんだ」と僕は言った。 「大丈夫だから。きっと大丈夫だから」  母親はそう言ったが目に涙をにじませていた。  病院での月日はあっという間に過ぎていった。僕は作業療法士と共にリハビリを始めた。しかし、下半身に感覚が戻ることはなかった。病院内では車椅子で移動した。するといつもとは視点が違うことに気が付く。  リハビリをしている時に一人の女性と知り合いになった。山野千尋という女性で、高校生だった。彼女も車椅子で時々僕のリハビリの様子を見ていた。僕らは同じ境遇ということもあり、仲良くなった。
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