残響

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残響

 目が覚めると鳥の鳴き声が聞こえた。私は毛布から出て、カーテンを開ける。季節は夏になり、通っている大学は夏季休暇になった。私は手に持ったスマートフォンを開き、連絡がないか確認する。所属しているテニスサークルから、連絡が来ていた。八月に長野で合宿をするというものだった。  部屋の中をぼんやりと眺めていた。私は過去を遡り、怒りを感じた。三年の三山という男性と私は付き合っていた。彼の部屋に行くようになり、行為をしている時に写真を撮られた。それを三山は他の友人に見せていた。私はサークルに行けなくなり、大学に通うことすら辛くなった。  前期の講義の単位は何とか取った。しかし、私は周りの目を気にしながら、友人に支えられていた。  自分の中で怒りが殺意になっていく。三山という男性を殺害したいという思いが沸いた。スマートフォンで予定を確認すると、今日も大学で午後に練習がある。  私は台所にある包丁を握った。十八年生きてきて、初めて人を殺そうと思った。本当はもっと違う充実した大学生活を考えていた。しかし、三山によって、残りの大学生活は誰に見られているのかわからない不安との闘いになった。  とりあえず部屋でコーヒーを飲み、先のことについて考える。三山を殺せば、私は捕まるだろう。そうしたら残りの人生で酷い目に遭う。しかし、何もしなければ、三山という人間はこれから先も何もなく生き延びることになる。  私にはそれが許せなかった。だから気が付いた時には普段使っているリュックサックの中に包丁を入れた。今日は、三山は来ないかもしれない。事件があってからサークルには行っていないが、まだ正式に辞めたわけではない。  コーヒーを飲み終えると、私は着替えて、外に出た。夏の熱気に包まれて、体に汗が滲む。駅前で歩いている間、三山のことについて考えていた。彼は顔も端正だし、背が高くて、スポーツができた。そんな彼が私に近づいてきたわけだが、悪意を見抜くことはできなかった。彼は私のことを仲間内での遊びとして捉えていたらしい。  私は色々なことを考えながら、電車に乗った。席は空いていたので、端に座る。窓の外の風景が移り変わっていく。その時、地元のことを思い出した。両親から期待されて東京に来たが、どうしてこんな目に遭わなければいけないのか考えた。けれど答えは出ず、気が付くと大学の最寄り駅に来ていた。私は電車から降りて改札を抜けた。
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