病室

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病室

 病室のベッドに横になりながら、天井を眺めていると、今までの記憶が僅かに蘇り、すぐに消えていった。その記憶は病気になるまではいいものではなかった。しかし病気になり、死が間近に迫ってくると、そんな思い出すらありがたいものに感じるのだ。  窓の外は夕暮れの日光が辺りを照らしている。太陽は山の向こうに輝き、もうじき沈もうとしていた。  しばらくして、病室のドアをノックする音がした。ドアが開くと、看護師がやってきて、僕に体温計を渡した。 「体調はいかがですか?」  若い女性の看護師はそう言うと僕から、体温計を受け取り、体温を用紙に記入していた。 「あまりよくはないです。でもそういうものなのかなと思います」 「長い闘病生活ですけど、頑張ってください」  看護師は僕の体調を書き込むと病室を後にした。僕はベッドに仰向けになり、また天井を見ていた。  病室にいると時間がゆっくりと進んでいくような気がする。それからしばらくして夕食の時間になった。僕はベッドから起き上がり、病棟の廊下に並んだ。僕の他にも多くの人がいる。この間、話をした五十嵐さんという一回り年上の男性の方がいたので、会釈した。 「せっかくだから一緒に食べようよ」  五十嵐さんはそう言うと、トレイに食事を載せた。僕もその後で同じようにした。  夕方のこの時間はお腹が空くので、食事は楽しみになっていた。今日の献立はごはん、みそ汁、焼き魚、ほうれん草のお浸しだった。廊下のテーブルに僕らは座って、向き合って食事をした。  五十嵐さんは時々辺りを見ながら、黙々と料理を口に運んだ。  食事が終わると、トレイを片付けて、僕らはまた廊下の椅子に座った。 「ときどき考えることがあるんだ」と五十嵐さんは言った。 「何をですか?」 「生きていることについてだよ。この病棟はこれから死に直面する人も多いからさ。いつまで続くのかなって思うんだ」  僕はそう言われて、確かにそうかもしれないと思った。自分の身に死が迫ってきてから、なんだか感じ方が変わったような気がする。 「僕も死んだらどうなるんだろうと考えますよ」 「俺はここに来る前はいつ死んでもいいと思っていたんだけどな。でもこうして死ぬことが決まってしまうと、なんとも言えない気持ちになるんだ」  僕らはその日の夜にそんな会話をしていた。五十嵐さんは思ったことを正直に話すタイプだと思った。
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