事故

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事故

 病院の最寄り駅の商店街には様々な店が並んでいて、ショーケースに並べられたケーキに目が行ったので、眺めているとクッキーが売っていた。僕はポケットから財布を取り出して、ケーキ屋のクッキーを一袋買った。病院までの道は商店街を抜けると、住宅街になっていて、等間隔に家が並び、電柱が立っている。駅から病院までは十五分程掛かるが、歩いている間に周囲の景色を眺めていた。  病院は住宅街の中に存在している。五階建ての横に長い建物が続いていて、入り口の前には大きな駐車場があった。入口を抜けて、受付で面会について話すと、受付の人がネームプレートを僕に渡し、紙に名前と電話番号を書き込んだ。  エレベーターの前には車椅子に乗った老人が看護師と共にいた。僕はネームプレートを首から下げて、エレベーターに乗った。三階で降りると、佐々木詩織がいる病室へ向かった。事前に病室の番号を教えてもらったので、すぐに見つけることができた。  ドアをノックすると声がしたので、ドアを開けた。ベッドで体を起こしている詩織がいた。 「元気?」と僕は聞いた。 「一応」と詩織は言った。 「これ買ってきたんだ」  僕は袋からクッキーを取り出した。 「外の自動販売機で飲み物を買ってきてくれる?」  僕は病室から出て、廊下を歩いた。談話室を見つけると、そこに自動販売機があった。どれを買おうか迷ったが、無糖の紅茶の小さなペットボトルを買うことにした。自動販売機にお金を入れて、ボタンを押すと、紅茶が二つ出てきた。  病室に戻ると、詩織は僕の方を見た。 「クッキー食べようよ」と彼女は言った。  僕は病室にあった紙皿に、クッキーを載せた。彼女は一つ食べると「おいしいね」と言った。 「後遺症はどうなったの?」  詩織は自動車の事故に遭い、大怪我をしたが、一命は取り留めた。電話で話した時は、下半身が動かないと言っていた。 「半身不随だってさ」  詩織はそう言うと、クッキーを口に運んだが、その目は涙が滲んでいる。 「車椅子で生活するってこと」 「たぶんね。なんか笑っちゃうよなー。あの時、あの道を歩いていなければこんなことにはならなかったんだ。私ってとんでもない確率であの事故に遭ったからさ」 「慰謝料は貰えるの」 「今は裁判の準備をしているみたい」  詩織はそう言うとペットボトルの紅茶を飲んだ。彼女が遭った事故は先を急いだ車が、信号が変わった後に、通過しようとして、同じく先を急いでいた詩織と衝突してしまったという理由だった。
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