夏祭り

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夏祭り

 花火の音が響いている。提灯の明かりに照らされた境内を僕は歩いていた。振り返ると、花火の光が見えた。多くの人がこの神社に集まっている。夏祭りと花火大会が同じ日に行われていた。  境内を抜けて、アスファルトの坂を上る。街灯の明かりが道を照らしていた。時々吹く風に懐かしさを感じる。  高い台へ行くと、友人の中里が手を振った。 「久しぶりだな」と彼は言って笑った。 「一年ぶりだな。帰ってくるのは」  僕は彼からビールの入ったカップを受け取ると、一口飲んだ。暑い夏の夜には特別な味がする。  僕らはベンチに腰掛けた。前にある手すりには数人の男女が立って、花火を眺めたり、話をしたりしている。 「あれからもう五年が経つのか」  僕らは地元の大学で知り合った。当時は僕らの他に中井という友人がいた。彼は心臓の病気を患っていて、大学を卒業する前の夏にこの世を去った。  当時の記憶を思い出しながらビールを飲む。中井と僕らは三年まで一緒に過ごすことが多かった。三人で酒を買って公園で飲みながら、当てのない話を夜通ししたり、中井の下宿先のアパートで他に女子学生を呼んで、朝まで過ごしたりした。  大学を卒業すると僕はシステムエンジニアとして上京し、中里は地元の私大で事務をしていた。  今でも時々、中井のことを思い出すことがある。仕事帰りに駅で電車を待っている時、三人で過ごした情景が蘇る気がした。  中里と僕はベンチに座りながら、花火を見ていた。お互いに何も話さなかった。  花火大会が終わると、僕らは坂を下って行った。祭りはまだ続いているようで、太鼓の音が響いている。 「いつ東京に帰るんだ?」 「来週帰るよ。それまでは実家で過ごそうと思う」  僕がそう言うと、中里は空を見上げた。 「まさかあいつが死ぬなんて当時は思わなかったんだ」 「確かにそうだな」 「今でも思うんだ。こうして生きていることが当たり前じゃないってね」  僕らは神社の階段を下って行き、アスファルトの道路の上を歩いていた。中里は僕の隣で鼻歌を歌っている。「上を向いて歩こう」だった。  僕はスマートフォンを開き、昔の写真を探した。前の方に中井の写真があった。ほっそりとしていて、背が高く、寡黙な人だった。どうして彼は死んでしまったんだろうと思う。なぜ死ぬのは僕らではなく彼だったのか。答えはわからないまま、僕らは駅の方へと歩いて行った。改札を抜けて、中里に手を振った。 「また来年も会おう」と彼は言った。  ホームで電車を待っていると草木の匂いがした。
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