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平行線の三角関係
黒塗りの車から降りた私は、今日も背筋を伸ばして一本の線の上を歩くみたいに歩を進める。
その後ろを黒服の男たちが付いてくるのだけはいただけないけれど、まるで存在しないかのように周りの学友たちに「ごきげんよう」と声をかける。
黒服の彼らは私の世話係。私はできる限りの存在感を放ち、黒服の男たちの存在を私で上書きする。
「ごきげんよう、弥代さん!」
校舎に着いた私を見つけて真っ先に声をかけてくれたのは、同じクラスの琳子さん。
彼女だけは私の背後についている黒服に動じることなく話しかけてくれる。胆が据わっているというか、怖いもの知らずというか。
私が言えたことでもないけれど。
「弥代さん、今日のアイメイクは一段とお美しいですわね!」
「まぁ、ありがとうございます」
言葉遣いはお嬢様のようだが、テンションは庶民的というか、落ち着きがない子犬のように元気な人だ。本物のお嬢様であることは確かだが、どうにも親近感が湧いてしまう。
対して私は、見た目だけは清潔感を保ってできる限りの丁寧口調を心掛けているだけの、お嬢。
「お嬢、今日も学校が終わるころに迎えに来ます」
背後から声をかけてきたサングラスの男を振り返る。黒いスーツを着ているが、セットした金髪の間から覗く耳にはいくつものいかついピアス。強面でも体が大きすぎることもないのはまだ救いだが、それでも傍から見れば怖い人物でしかないだろう。
「……えぇ。ありがとう」
「工藤様、ごきげんよう! 弥代さんのことはわたくしにお任せくださいませ!」
「琳子さん、ありがとうございます。それでは俺はこれで」
私のあとを付いてきていた男たちを連れて、工藤は車に戻っていった。
わざわざ校舎の前まで送ってくれなくて結構なのに、毎朝飽きもせずストーカーしてくるあの男を、なぜか琳子さんは慕っている。
本物のお嬢様が堅気じゃない男を好くのもどうかと思うけれど。
「はぁ、今日も工藤様に名前を呼んでいただけた。それだけで一日頑張れますわ……!」
「……あの、琳子さん……。琳子さーん?」
うっとりした顔で遠ざかって行く工藤の背中を見送っている琳子さんを呼ぶ。しかし私の声なんてこれっぽっちも聞こえていない様子だった。
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