夏夜物語

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  そんなある日。  夏休み前の中間考査の物理のテストが返却された。  58点……パッとしないな、私自身と一緒で――。  なんて肩ひじついて顎を乗せ、答案用紙の角を人差し指でいじっていた。 「髪、伸びたねぇ」  突然目の前に葉乃ちゃんが現れて、遠慮なく私の肩までの髪を撫でている。  私は少々驚いた。  彼女は色々目立つから、全然知らない人じゃなかったけれど、今まで1度も話したことがなかった。それに、そんな距離感でいきなり髪の毛を触られていたことにびっくりした。 「髪伸ばすの?」 「ああ、うーん。迷ってる」  毎日会話しているようなノリで話しかけてくる。  彼女の手には答案。ちらっと見えた、98点。  授業もまともに受けず、どうやったらそんな点数がとれるんだろう。  塾通い? 家で猛勉強?  そんな思いが過ぎったけれど、彼女が机に向かって勉強している姿は想像できなかった。 「今までどれくらい髪伸ばした?」 「え、んー、肩の半分くらい」 「それっていつ?」 「小学3年生の頃かなあ」 「ショートカットにしたことある?」 「ないよ」  私の髪を彼女の白いすべすべの手がすべる。  何がそんなに興味深いのか。  そもそも”髪伸びたねえ“ってことは、前々から私のことを認識してくれていたということか。  確かに高校に入ってから一度も髪を切っていない。  この子は本当に私のことを見ていたのだ。 「あれ、これどうしたの?」  ふと彼女の手が、私の首筋に移動する。 「あれ、もしかして腫れてる?」 「うん。ごつごつしてる」  ああ、またか。 「リンパの腫れだよ。きっとそのうち熱出すな」 「熱? どれくらいの体温?」  今度は彼女の興味が私の体温にいく。 “家庭の医学”の図鑑にハマっている彼女だから、おかしくはないと思った。  同時に、私も彼女のことを実はよく見ていたのだ、と認識した。 「39度は出すよ」 「これから出るの?」 「多分」 「いつ出るの?」 「2,3日後かな」 「テストの後でよかったね」  彼女はそう言って、バイバイ、と急に踵を返して自分の席に戻って行った。  ショートボブの後頭部がとてもよい形だった。  ――不思議な子。  だけど、こうやって誰かとぽんぽん会話のやり取りができた私自身も不思議だった。  髪の毛を伸ばしていてよかった。  彼女と会話ができて――嬉しかった。
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