夏夜物語

10/28
前へ
/28ページ
次へ
✱  葉乃ちゃんは不思議な子だった。  高校に入り、同じクラスになり知り合ったのだけれど、初めて彼女を見た時ハッとした。   あまりにも綺麗な、というか、可愛らしい子だったからだ。  天然の栗色の髪、吸い込まれそうな白い肌、ぐりぐりとした大きなセピア色の瞳、整った鼻、小さい唇、細い手足。  お人形さんが実物化したような姿だった。  寸分狂いの無い外見なのに、だけど彼女はどこか変わっていた。  誰かとつるむわけではなく、どこかのグループに属するわけでもなく、いつも独りでいた。  しかし、女子高特有のイジメに遭っていたとか、シカトされていたとかではない。  自分から皆によく話しかけるし、話しかけられた相手も嫌な顔をするわけでもなく、会話する。  彼女はあくまでもマイペースだった。  授業中もノートをとらず、先生の話も聞かず、机の上に本を置いて堂々と読んでいた。  本、というか、図鑑。しかも子どもが読むような字も絵も大きな図鑑だ。  初めの頃は、数学の時間にきのこの図鑑を開いていた。  しばらくするときのこブームは去ったのか、1時限の現代文から6時限目の家庭科の授業までずっと、国旗の図鑑を読んでいた。  初夏になるとそれは”家庭の医学“の本になった。  それでも彼女はなぜか成績はよく、春休み明けの確認テストでも、時たまある抜き打ちテストでも、漢字テストも難なくこなしていた。 “クラスで一番の点数よ”と英語の小テスト返却時に、若い女性教諭が彼女にこっそり声をかけたのを、私は耳にした。  だからなのか、葉乃ちゃんが授業中に教科書を開かずに好きな本を読んでいても、教師は見逃してやっているみたいだ。  ――もっとも、この学校はバカではないけれど、大してお利口でもない高校で、ある程度の点数を保っていればエスカレーター式で付属の短大に上がれるのだ。  そのせいか、学校自体がゆったりとした雰囲気に包まれていた。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加