夏夜物語

15/28
前へ
/28ページ
次へ
✱ 「ってかエアコンつけてよ、九条さん」  背後から呟くように、でも運転席に届くには充分な声で透波くんが言った。 「今、ガソリン代高いのよぉ。とーちゃん払ってくれるならいいけどねぇ」  オネエ口調で甲高い九条さんの声はよく通る。 「俺まだ高校生。あなたは大学生」 「高校生だってアルバイトできるでしょう?」 「うちの学校、バイト禁止」  ふたりのやりとりが続いた後「夜風もいいもんよ」と桔咲さんが言った。 「天窓開けて、天窓―」と、葉乃ちゃんの言葉に九条さんが運転席の天井のボタンを指でひっかけると、するするとサンルーフは開いた。  入ってきた風はぬるかったけれど、たくさんのお星さまと静かに佇むお月様が見えた。  大きいとはいえ、ひとつの車に6人も乗っているので、何となく重力を感じたけれど、ここに集っている人たちの心が明るいので、空気は軽い。  運転手の九条さん、助手席の奏くんとは、まだ私は会話は交わしていなかった。  私を気に留める様子もない。  皆マイペースなのか、私に興味がないのか、私みたいな飛び入り参加のメンバーがいることが日常茶飯事なのか解らないけれど。居心地は悪くなかった。   女子高で、あっちのグループ、こっちのグループと鞍替えして、うまく笑えていない愛想笑いを振り撒いていた方がずっと苦しかった。  今ここで、私はリラックスしていて、何かを喋らなきゃいけない訳でもなくて、夏の夜ということでどこか高揚感を覚えていた。  このエルグランドに私の席がある。  きちんとシートベルトで止められている。  それだけで私にも存在感というものがあるのだ。  あてのないドライブに参加できている。  私は天を仰ぎ、開け放たれた窓に向かって、大きく息を吐いた。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加