3人が本棚に入れています
本棚に追加
✱
「今日の夜、水森町のセブンに行こー」
教室の窓際の席に座り、頬杖つきながら窓の外をぼんやり見ていた時だった。
これから始まる、本格的な夏に少しうんざりしていたところだ。
葉乃ちゃんが私の机に両手をついて、ずい、と顔を近づけて言ってきた。
「水森町のセブン?」
「うん。うちの家の近く」
彼女は自分のことを“うち”と呼ぶ。ワタシとかアタシとか言ったのを聞いたことがない。
「そこってどこ?」
「だから水森町だよ」
「水森町って……」
ええと、こういう時は問いかけの方法を変えなければ、彼女の答えは堂々巡りだ。
「葉乃ちゃんってどこに住んでるんだっけ? 何区?」
「泉区」
「水森町は、泉区のどこらへん?」
「泉中央の地下鉄の駅のすぐそこだよ」
重心を両手に置いて、ぴょん、ぴょん、と跳ねる。
「そこに、何か用でもあるの?」
「楽しいよ」
可愛らしい顔をにこっと笑顔にして、ますます可愛く見える彼女に、ドギマギして何も言えなくなった。
「……うん。行く」
何も深くは聞かず、そのまま頷いていた。
それが夏の夜の物語の始まり。
最初のコメントを投稿しよう!