夏夜物語

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✱ 「今日の夜、水森町のセブンに行こー」  教室の窓際の席に座り、頬杖つきながら窓の外をぼんやり見ていた時だった。  これから始まる、本格的な夏に少しうんざりしていたところだ。 葉乃ちゃんが私の机に両手をついて、ずい、と顔を近づけて言ってきた。 「水森町のセブン?」 「うん。うちの家の近く」  彼女は自分のことを“うち”と呼ぶ。ワタシとかアタシとか言ったのを聞いたことがない。 「そこってどこ?」 「だから水森町だよ」 「水森町って……」  ええと、こういう時は問いかけの方法を変えなければ、彼女の答えは堂々巡りだ。 「葉乃ちゃんってどこに住んでるんだっけ? 何区?」 「泉区」 「水森町は、泉区のどこらへん?」 「泉中央の地下鉄の駅のすぐそこだよ」  重心を両手に置いて、ぴょん、ぴょん、と跳ねる。 「そこに、何か用でもあるの?」 「楽しいよ」  可愛らしい顔をにこっと笑顔にして、ますます可愛く見える彼女に、ドギマギして何も言えなくなった。 「……うん。行く」  何も深くは聞かず、そのまま頷いていた。  それが夏の夜の物語の始まり。
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