夏夜物語

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「俺は夜に生きる男」  奏くんと呼ばれた男の子は言い切る。 「解ったから」  桔咲さんは苦笑い。  奏くんは足を正して、こちらを見た。 「家には帰ってる。学校で寝てる」 「家に帰るのは、着替える為だけでしょー」 「キャッ。着替え! ここで生着替えしてえ」  凛凛しい顔に両手を当て、九条くんが両肩をすくませた。 「開けて、開けてー」  そんな会話はお構いなしに、葉乃ちゃんがオネエ九条くんに催促する。  彼がロックを解除すると同時に、葉乃ちゃんはエルグランドに乗り込む。  メガネ男子透波くんは、車の斜めに立って、スマホで写真を一枚ぱしゃりして、葉乃ちゃんに続いた。  私がまごまごしていると、煙草女子桔咲さんがどうぞ、と中に入るように誘導してくれた。 「――お邪魔します」  思ったより車高が高くて、私は片膝に力を入れた。  運転席助手席の後ろ、3席がある端っこに葉乃ちゃんがいたので、その隣に腰を下ろす。  葉乃ちゃんの後ろのシートにメガネ男子透波くん、その横に煙草女子桔咲さんが乗った。 「じゃ、行きますよー」  オネエ九条くんがハンドルを握り直す。 「マリトッツォはどこに行った」  唐突に助手席の奏くんが言い放つ。 「あれ食べにくいー」  と、葉乃ちゃんが彼の言葉を拾った。 「なくなったよね」  と、煙草女子桔咲さん。 「おっちゃんと一緒。なくなった」  と、葉乃ちゃんが言うと、車内は爆笑の渦に包まれた。
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