1・無邪気な彼女

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“S駅、来れるか”  メッセージ機能というものを、彼なりに使ってみたのだろう。やはり機械音痴だというのが文字から見て取れる。どこか微笑ましくて、また誘ってくれたことが弱っていた心体にう優しく響いた。 “ごめん。体調悪い”   申し訳ないと思いつつもそう打った。するとややあって、今度はコール音がした。奏くんだ。 「……はい……」 『何だ、本当に具合悪そうだな』 「熱出た」 『何度』 「まだ39度台」 『家どこ』 「え?」 『住所』 「何で?」 『行くから』 「具合悪くて会えないって。家に親もいるし」 『住所』  答えないといつまでも電話を切りそうにない。私は会話をするのもしんどくて、連絡くれたのは嬉しかったけれど、正直すぐに終わらせてしまいたかった。 「……青葉区の、三条内科っていう病院の、5件先の赤い屋根」 『解った』  プツッと、いきなり電話が終わった。そんなところももう慣れた。  少し会話をしただけで体力を奪われたので、また寝入ってしまった。  どれくらいの時間が経ったのか、また呼び出し音で目覚めた。 『家の前いる』 「ああ……いま、いく……」  スウェット姿だけど、着替える気力もない。  私は身体を引きずって、倒れてしまわないようにそろそろと階段を降り、玄関を出た。  母に見られるのは嫌だった。詮索されるのも、夜中にもう出歩くなと言われるのも……まあ、あの母だったらそんな心配しないか。病床の娘の介抱でさえやらない人間だ。  奏くんは門の前で突っ立っていた。いつものポーカーフェイス。  私の姿が見えると、ずかずかと近寄ってくる。  私が門の閂を引こうとすると、それを手で制し、彼はコンビニの袋を差し出した。 「あ、りがとう」
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