夜の公園で

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夜の公園で

 佐藤雪子。  28歳、独身。  有名企業の子会社で事務をやっていた……のは昨日まで。  今、彼女は無職である。 「ふっ……ざけんじゃないわよぉ~~!!」  まだ肌寒い春の夜。  彼女は公園で一人缶ビールを飲んでいた。 「こんなの許されるわけないのに……! 世の中ってなんなの!?」  突然に事務員から社長の息子の秘書にならないか? という話が持ち上がった。  その息子がまた、ボンクラ息子と評判の四十代の中年男。  なぜ、バカ男は自分が若い娘に好かれる存在だと思えるのだろうか?  話を聞くだけ……と思っていたのに、結局は縁談話だった。  とりあえず、まずは夕飯に行って~と鼻息荒く嬉しそうに言う男を見て吐き気がした。  当然に秘書の話は断り、誘いも断り続けていたら……。  俺の誘いを断るなんて生意気だ――という事になり、散々な言いがかりを付けられてクビ。  クビになるよりは自己都合退社の方がいいんじゃない? なんて言われたり。  大人しく息子と結婚すりゃいいのに、なんて言われたりもした……。 「この令和の時代に、信じられない……!」  理不尽すぎる。  だが、こんな会社に居座ってもどうしようもない。  なので雪子は退職を決めた。  SNSなどでは、雪子の愚痴に対して会社を訴えろ! 労基に行け! などというアドバイスも沢山貰ったが……今はまだそんな気力が湧かない。  弁護士に行けと人は言うけれど、そんなに簡単な事じゃない。  しまいには行動を起こさない貴女が悪い、なんて書き込みもあってSNSはやめた。  何もかもが、ただただ腹立たしい。  田舎から一緒に都会へ出てきた友人と居酒屋で飲んでいたのだが、彼女は結婚を控えた婚約者と同棲中。  早めの解散で飲み足りなくて、ついコンビニで酒を買ってしまい公園で飲んでいる。 「真面目に生きてたって、バカらしい~~!!」  9%のチューハイを開ける。   「無職に乾杯!」  ブランコで片手を上げながら叫ぶ。 「ぶっ!」  笑い声が聞こえた。 「えっ?」  薄暗い公園に、誰か先客がいたようだった。 「あ、すみません……無職に乾杯! って面白くて、つい」  少し離れたベンチに座っていたのは男だ。  深夜の公園で見知らぬ男。  普段なら警戒して、すぐに立ち去る。  でも、なんだか雪子も自暴自棄になっていたし、誰かと話したい気持ちがあった。 「あはは~お兄さんも無職?」 「んーまぁ、そうなる……のかな」  公園の灯に照らされたベンチで、男も長い脚を組みながらビールを飲んでいるのがわかった。  ろくでもない男……と思ったが、それは自分も同じだ。  酔っ払っているので、それもおかしくて笑ってしまう。   「じゃあ一緒に乾杯しますか」 「いいですね」  本当に信じられない行動だった。  自分から男に声をかけるだなんて、産まれて初めてだ。  それでも、男に声をかけるというより……今は同志が欲しかった。 「無職に乾杯」 「無職に乾杯」  男が座るベンチに行くと、男の顔がよく見えた。  チャラチャラした男かと思ったら、そうでもない。  切れ長の目をして、鼻筋は通っている。  唇はある程度ふっくらしていて、妙な色気。    ネクタイは外しているが、スーツを着ている。  それが街灯に照らされているだけなのに良い照り感で、彼の幅広な肩にもぴったり。  雪子は数年前に、スーツ男子漫画にハマってた事があるからわかる。  高級品だ。 「んっんっ……ぷはぁ」  でも、男は無邪気にビールを煽った。  普段そんな事は絶対にしていないでしょう? と思うような慣れない仕草。  可愛いのに、なんだか色気が増すようで見惚れてしまう。 「どうしたんです?」 「えっ!? ううん、飲もう飲もう! お兄さんも無職なんだぁ?」 「そう……なるんだと思います」 「そうなる~? 商談でも失敗した?」  本当なら自分の愚痴を言いたい気持ちもあったのだが、なんとなく興味が湧いた。   「実は、縁談をぶっ壊してしまいましてね」 「ふ~ん……ええ!?」
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