積層する

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 長瀬(ながせ)の家は喫茶店を営んでいて、家がすぐ近くにある私は、昔からよくその店に通っていた。店主とおばさんのあいだには同い年の子どもがいることは割と早くに知っていたけれど、それが隣のクラスの長瀬だということに気づいてからも、特に私たちが親密になることもなく、時間だけが過ぎていった。ようやく話をするようになったのは、私たちが高校生になって、長瀬がお店で手伝いをするようになってからのことだ。  古めかしくみせる塗装がされた、木のドアを開ける。コーヒーの香ばしい香りが鼻先をくすぐっていったあと、奥から小走りのパタパタ音が聞こえてきた。コンビニのバイト店員よりは幾ばくかのやる気を感じさせる声が、私の耳の奥を震わせる。 「いらっしゃいま……お前かよ」 「お客さんに向かってお前呼ばわりは、あまり感心しないね?」 「ふん。見ての通り、席は自由だ。待ってろ」  ぷいっとそっぽを向いた長瀬は、カウンターの奥に引っ込んでいく。水を持ってくる準備をするのだろう。私は私で長瀬の後ろ姿から目線を外し、いつもの席に狙いを定め、腰を下ろす。入口から進んで、カウンター寄りの一番奥の席。
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