1 歌劇場での一幕

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1 歌劇場での一幕

<「本職(プロ)悪役ヒロイン」とは?> ①王族や上位貴族としか付き合わない。ピンク・ブロンドに碧眼で、容姿端麗。子爵家あるいは男爵家の令嬢らしい。 ②社交界にデビューしているはずだが、人々の記憶に残らない程度。あるいは、社交界デビューをしていない。 ③サロンや茶会、慈善パーティなどには、いっさい現われない。上流社会において、存在をほとんど認識されていない。本名、年齢、住まいなどは、誰も知らない。  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  観劇終わりの人々の和やかなざわめきに水を差すように、冷え冷えとした男の声が、歌劇場のエントランスホールに響き渡った。 「キャロライン、残念だが、君との婚約はなかったことにさせてくれ! わたしは、『真実の愛』を見つけてしまったのだ! わたしの心は、いまやダイアナでいっぱいだ。君の居場所はもうない!」  芝居がかった言いようだが、歌劇の続きではない。本物の婚約解消宣言だ。  婚約者に解消を告げたアラン・カニングは、傍らに立つ美貌の男爵令嬢ダイアナを抱き寄せた。  婚約者であるキャロライン・ブレアムは、彼の前で泣き崩れた。  ピンク・ブロンドの豊かな髪、透き通った青い瞳――。ダイアナは、最近流行の愛憎小説に登場する「主人公から婚約者を奪い取る男爵令嬢」そのものだった。  その場に立ち会った者は誰一人として、小説そっくりの成り行きを不自然に思うことはなかった。 「所詮は、親が決めた政略結婚だったのだ。これからは、お互いもっと自由に生きていこう!」  とどめを刺すようなアランの一言を聞くと、キャロラインに付き添っていた彼女の侍女は、憎しみに満ちた視線をアランとダイアナに向けながら主人を抱き起こした。そして、女主(おんなあるじ)を庇うようにしてエントランスホールから去って行った。  「ああ、また今日も――」誰からともなくそんな声も聞こえたが、やがて人々は婚約解消騒動などなかったかのように、それぞれの話題に興じつつホールを離れていった。  それは、今やありふれた光景だった。誰が誰と婚約を解消したのかなど、誰一人興味を持ちはしなかった。
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