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彼女の仕事ぶりを近くで見守り力を貸すうちに、オーウェンは、いつしかこの役目が終わっても彼女を手放したくないと思い始めていた。彼もまた、ローナを愛していたのだった。
「おい! オーウェン! 彼女は、わたしの『真実の愛』の相手だぞ! なぜ、おまえと抱き合っているんだ!?」
ようやく状況を理解したデリック王子が、二人の所へ近づいてきた。
生まれた日にホーデリーフェがつけた痣は、きれいに消えていた。
オーウェンは、愛しそうにローナを抱きかかえたまま、王子に向かって叫んだ。
「デリック王子! もう、大丈夫です! ホーデリーフェは、『姿変えの指輪』に宿った力によって、永遠に封じられました。二度とあなたの前に姿を現すことはありますまい。あなたは、魔女との婚約から解放されました。誰とでも自由に結婚できるのです!」
オーウェンの言葉を聞いた王子は、怒りを爆発させ地団駄を踏みながら叫んだ。
「何を言っているんだ!? わたしが『真実の愛』を捧げる新たな婚約者は、アナベラだ! ピンク・ブロンドで青い瞳の美姫こそ、我が妃に相応しい! わたしは、アナベラと結婚するのだ! 早くわたしの婚約者から離れろ、オーウェン!」
それを聞くやローナは、オーウェンの腕から抜け出すと、右手の指輪を左手で握り力一杯叫んだ。
「わたしは、悪役ヒロインなんかになりません!」
ローナの指からするりと抜けた指輪は、左手からこぼれ落ち、大広間の床を滑るように素早く転がっていった。
人々は、目をこらしてその行方を追ったが、指輪はあっという間に姿を消してしまった。
栗色の髪の毛、榛色の瞳に戻ったローナを見て、王子は腰を抜かした。
その王子を見下ろしながら、ローナは、本職悪役ヒロインではなく、家族思いの貧乏男爵家の令嬢として王子に言った。
「王子様、あなたが『真実の愛』を捧げようとした、ピンク・ブロンドで青い瞳のアナベラは、もうここにはおりません。ここにいるのは、栗色の髪で榛色の瞳のローナ・ゴールウェイです。そして、わたしが求める『真実の愛』は、あなた様ではなく、オーウェン様のものなのです!」
「ローナ!」
オーウェンは、再びローナのそばに寄ると、先ほどよりも力を込めて彼女を抱きしめた。
指輪を外してもローナの体からあふれ出す、大きく温かな魔力と愛を彼は確かに感じ取っていた。
その様子を見て、王宮にいた人々は理解した。
この国は、ピンク・ブロンドと青い瞳を持つ本職悪役ヒロインと、王国を我が物にしようと企む伝説の森の魔女を失った。
しかし、代わりに栗色の髪と榛色の瞳を持つ、心優しい善なる魔女を新たに得たのだということを――。
大広間の片隅でいまだに腰を抜かして惚けている王子が国王になったとしても、彼が美しいけれど我が儘な娘を妃にしたとしても、誠実に王家へ尽くす魔道士伯爵と彼が真実の愛を捧げる慎ましやかな魔女がいれば、この国は末永く安泰であろう――。
安堵した人々は、大広間の中央で抱擁する二人に、大きな祝福の拍手を送った。
最も力強く手を叩いていたのが国王と王妃であったことは、言わでもの事である――。
数日後、オーウェンとローナ、そして、あの晩大広間の端で静かに成り行きを見守っていた先代魔道士伯爵夫妻を乗せた立派な馬車が、結婚の申し込みのため、蹄の音も軽やかにローナの両親が待つ領地屋敷へ向かって出発したことを最後に記しておこう。
―― お・し・ま・い ――
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