3 二人三脚で取り組む仕事

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「えっ!? こ、これはどういうことですか?」  てっきり、いつもの逗留先である王都の宿へ行くものと思っていたローナは、木々に囲まれた立派な邸宅の前に馬車が止まったのでたいそう驚いた。  いつの間にか、御者を務めていた青年は姿を消していた。ローナは、三人のメイドにかしずかれ、辻馬車から降ろされて邸宅の玄関へと案内された。  玄関には、銀縁の片眼鏡をかけた壮年の執事が、微笑みを浮かべながら待ち構えていた。  彼の後ろには、メイド頭と思われる中年の女性が、これまた笑顔で控えていた。 「ようこそおいでくださいました、ローナ様。わたくしはこの屋敷の執事で、ブレントと申します。後ろに控えておりますのは、メイド頭のネリーでございます。故あって、我らが主についてお話することはできませんが、主よりあなた様を最上級のお客様としておもてなしするよう仰せつかっております。お部屋の用意もととのっておりますので、まずは長旅の疲れをおとりください。何か、お望みのことがありましたら、ネリーやメイドたちに何なりとお申し付けください」  ブレントがローナを案内したのは、贅を尽くした豪華な客間だった。  広い居間と寝室のほかに、浴室や侍女の控えの間まで備えていた。  調度品は、それなりの年代を経たもののようだったが、カーテンや寝具などは、明らかに今日のため誂えたものであった。  メイドに茶や菓子でもてなされ、ローナがすっかり寛いでいると、ネリーがやってきて言った。 「ローナ様、そろそろお出かけの準備に取りかかりたいと存じます。わたくしについていらしてください」  ローナが案内されたのは、大きな鏡やいくつもの棚や箪笥を備えた広い衣装部屋だった。  何よりローナを驚かせたのは、衣装箪笥に用意された、たくさんのドレスだった。  ドレスの中には、かつての仕事でローナが身につけたものもあった。  菫色の絹地に黒と金のレースをあしらった豪奢なドレスは、ある公爵家の三男が、恋人ができた婚約者に泣きつかれて、夜会で婚約解消劇を演じることになったときローナが着ていたものだ。  別に、婚約解消劇などしないで、慰謝料をもらって自分勝手な婚約者と別れればいいだけのことだ。しかし、公爵家の三男は、あくまで自分が「真実の愛」に気づいて婚約者を切り捨てたという形にして体面を保ちたかったようで、ローナを雇うことにしたのだった。  ローナがピンク・ブロンドを揺らして、公爵家の三男にしなだれかかったり、「わたくしを選んでくださって嬉しゅうございますわ」と言ったりしながら、笑って彼の婚約者を見下したりしたものだから婚約解消劇は大いに盛り上がった。  だれもが、これほどの美女になら心を奪われてもしかたがないと、内心では三男を羨ましく思いながらも、捨てられた婚約者に同情してみせた。  婚約者も気を失ったふりをして、恋人と噂される男に抱えられて夜会の場を去って行った。  しかし、その後が大変だった。  公爵家の三男は、ローナをひどく気に入り、報酬を受け取るために彼の書斎へ赴いた彼女に、本当に新しい婚約者になってくれと迫ってきたのだ。  馬車でローナを待っていた青年が、異変に気づき飛び込んできたので事なきを得たが、ローナはそのとき初めて知ったのだった。本職悪役ヒロインを本気で慕ってしまう男がいることを――。  そして、いつもは穏やかで礼儀正しい青年が、ローナを守るため憤然として三男に詰め寄る凜々しい人物であることも――。
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