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後編
それから私とオリバーは一緒に旅に出た。
隣国へ戻る予定のオリバーは、寂しい一人旅の連れがほしかったらしい。たまたま私が連れ去られるのを見て、助けたついでに旅の提案をしてくれた。
私は運が良い。
いや正直に言うなら生まれついて運が良い。
特別な力はなにも持たないが、こうやって黙っているだけで話が良い方向に転がっていくのだ。
私はもちろんオリバーの提案を受け、旅をした。
切った髪の毛は適当なところで捨てた。そのうち塵にでもなってくれるだろう。
国どころか神殿から出たことのない私に、オリバーとの旅はとても楽しかった。女だとバレないように気を遣ったものの、何故かオリバーはしきりに私と距離を取ろうとするし、かといえばジッと私を見ていたりする。
何度も私に「男だよな? 男、なんだよな?」と聞いてくるので疑われているのかと思ったが、「男だが」と答えるとうるうると泣きそうな目で顔を伏せるのだった。
「俺は……女が好きなんだよ。女が」
などと独りごちる始末だ。イケメンの女好きか。最悪だなと思ったが口には出さない程度に彼との友情は育まれていた。
そうして旅も終盤にさしかかった。
間もなく隣国の首都に入るという時に、事件は起こった。近くの教会から懐かしい歌が聞えたため、つい癖で口ずさんでしまった。
いつものように歌う私の周囲に小鳥は歌い、蝶が舞っていた。私にとってはいつもと変わらない光景だったが、オリバーは隣で目を見開いていた。
どうしたのかと歌うのを止めた途端、神殿から大声が響く。
「シャーロット! その声は我が婚約者、シャーロットじゃないか!」
どこかで聞いたようなフレーズで私の名前を呼ぶのは、見覚えがある我が『元』婚約者の王子であった。うげえという顔でもしていたのだろう、隣でオリバーが「顔、顔」という。私の顔などどうなったっていいだろうに。
「生きていたのか! 良かった……、お前の髪の毛が見つかった時には、婚約破棄を悲観して自死したのかと国全体が葬式状態だったぞ! 俺の立場がどれほど危うくなったか……」
それは私には関係のないことだ。というか捨てただけの髪の毛に、そんな意味を持たれては困る。
「鎮魂のために各国の神殿を回って祈りを捧げていたんだ。だがそこで再びお前と会えるとは……やはり俺たちは運命だ。結婚しよう!」
王子はぐでぐでとなにかを言っているが、そんな事よりも今は目の前の王子にどう対処するかだ。
自慢の脚で逃げ切ってもいいが、いかんせん今は目撃者が多すぎる。吹っ切って走るにも限度があるだろう。楽しい旅はここまでだったかと、私は王子に向き合った。
「王子、お久しぶりでございます。ですが聖女の称号はユリア様に移り、婚約は破棄されたはずです」
「ユリアは聖女ではなかった。歌っても小鳥は寄らん! 光が差してこない! 人が無条件で愛さない! あいつは偽物だ! 俺を騙していたんだ!」
「はあ……? 鳥は邪魔でも寄ってくるし、太陽は勝手にスポットライト当ててくるものじゃないんですかね……??」
「「んな訳ない」」
台詞が二重に被った。どうやら王子とオリバーの声が重なったらしい。意外と気があうのか? と左右を見てみるが違ったようだ。
「ほおお? 誰だお前は。死んだはずのシャーロットが生きていたのは好ましいが、変な虫が付いていたとは聞いていないぞ」
「俺だってまさかシャル……シャーロットがこんなバカと婚約していたなんて知らなかったな! だがシャルが女だったとは……感謝……ッ! 圧倒的感謝……ッ!」
二人の間でまるで火花が散るようだった。
初対面の二人が火花を散らす意味がよくわからない。
「とりあえず俺の婚約者から離れてくれるか害虫。こっちは第二王子だ。お前とは立場が違うんだよ」
「は? 第二王子がそんなに偉いのか? こっちはこの国の第一王子だぞ? 頭が高いんじゃないか?」
なんか今聞き捨てならない単語が含まれていた気がする。
オリバーがこの国の第一王子? そんな情報今まで聞いていない。私の心情が伝わったのか、オリバーは突然私の足元に跪いた。
「悪いなシャーロット。王位継承前の最後の一人旅だったんだ。とはいえ周囲に護衛はいたが……お前に惚れた。どうか俺と結婚してくれ」
そう言って手を取られて甲にキスされてしまった。
あと元婚約者が「なっ」とか「おまっ」とか言いながら凄い顔をしている。
「俺と結婚してくれたら、面倒なことは何もしなくていい! 三食昼寝付きだ!」
それはなかなか魅力的な提案だった。
「それにお前を絶対蔑ろにしない! 浮気だってもちろんしない! そこのバカみたいに、肩書きじゃない本当のお前を好きになった!」
大声でそう叫ばれてしまった。正直私はオリバーを好きかどうかは分からない。恋というものをまだ知らないのだ。人よりもそういった情に薄い、そんな自覚はある。
打算だけで受けていいものではないこと位は分かっている。躊躇する私にオリバーは言った。
「うちの城にいるシェフの食事は、本当に旨いぞ」
「結婚します」
即答してしまった。なぜならこの旅で知ってしまったのだが、母国の食事はそもそもマズイのだ。薄味で塩味だけ。熱々であれば美味しいと感じていたが、むしろ出来たてでなければ食べれたものではない、とはオリバー談だ。
国境を越えた辺りから食事の質が変わり、この国の食べ物のために私は旅をしたのかもしれないと感じた程だった。
なので色気よりも食い気で嫁ぎ先を決めてしまったのも仕方がないだろう。
「しゃ、シャーロット……お、お前俺を捨てるのかッ! 聖女を失った我が国が今どうなっているのか――」
「いや、そもそも私が貴方に捨てられましたので。それにそもそも私、偽聖女です。なんの力も無い小娘です。オリバー、貴方はそれでもいい? なにもない私でも?」
この旅で、私は一度もオリバーの前で取り繕ってはいない。性別こそ誤魔化していたが、それ以外はいつものグータラやるきゼロのシャーロットだった。
それでもいいかと再確認する私を、オリバーは抱きしめた。
「大歓迎だ! その身一つで嫁に来てくれ!」
気がつけば周囲には小鳥が歌い花びらが舞っていた。雲の合間からは暑苦しくスポットライトが注ぎこみ、何故か虹までかかる始末。
偽の聖女でありながら、ここまで望んでくれるのならば嫁ぎがいがある。
「では喜んで。末永くよろしくお願いしますね。旦那様?」
どこからともなくラッパの音が聞こえ、頼んでもないのに教会の鐘が鳴る。私の周りはいつも煩いが、これからもどうか変わらず仲良くしてくれると嬉しいと思ったのだった。
終
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