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前編
「シャーロット・オンデ! 聖女とは名ばかり、お前のような女狐よりユリアが聖女に相応しい! そして王妃となるのもユリアだ!」
そう言って私を指さし、横に立つ桃色ボブヘアーの女性の腰を抱くのはつい先程まで私の婚約者であったアーサー第二王子である。
周囲がざわついている。いやざわついているという騒ぎではない。パニックだ。まさかこの国に神殿が建立されて五百年の節目の記念祭、その栄えあるパーティー会場でそんな愚かな宣言をするとは思わなかった。
「言い訳すらできないか? まったく、お前はいつもそうだ。良いのは顔だけだな!」
王子には侮蔑の言葉のつもりなのかもしれないが、結果的に褒めていただいている。正直、確かに顔だけ聖女の自覚はある。
腰まで伸ばした金髪は豊かにうねり、顔立ちも周囲の人の賛辞を聞くに美しいのだろう。伏せている瞳は睫に縁取られ、まさかいつもダルくて眠いなどと思わない。
微妙な味の食事ながら好き勝手飲食をしている割りに体型も悪くなく、とある部分は特に、年頃の男性の視線を強く感じる。太陽が苦手で引きこもって生活しているせいか肌も白い。
見た目は悪くないと思うのだ。そう、本当に王子が言う通り見た目だけは。
「王子! シャーロット様ほどの聖女は過去にも類を見ません! なにか勘違いしておられるのでは!?」
「そうですぞ! この敬虔なる聖女のオーラは神に愛されし者の証です!」
周囲は婚約者であった王子に食い下がる。
おわかりだろうか。私は何もしていないにも関わらず、いつもこうなのだ。眠そうにしているだけで慈愛の笑みを浮かべていると言われるし、ボーッとしていても思慮深いと言われてしまう。それならばと神殿の中庭で昼寝を楽しめば、絵画のようだと画家を呼ばれてしまう始末。
そもそも私が聖女として祭り上げられてしまったのも、この容姿のせいだ。幼い頃両親を失い、たまたま通りかかった神殿関係者に保護して貰ったまでは良かったが、何かと神々しく見えてしまうようで気がつけば聖女という立場に置かれてしまった。
なお本当に何の特別な力もない。
遠慮も謙遜もなく、本当に、ないのだ。
歴代の聖女は草木の成長を促進させたり、雨を降らせたり、神の声を聞いたりしたらしい。だが私は本当になにもできない。正直、日々のお祈りの他は食っちゃ寝して過ごしている。王子の婚約者になった経緯だって、王様のゴリ押しだと聞いている。王子にも選択肢がなかったと思うが、私にだってなかった。
だから王子の提案は渡りに船、日照りに雨、王子にユリアだ。いや最後のは違うかもしれない。とにかく、これは絶好のチャンスである。
私はローブの裾を摘まみ、ツイと頭を下げお辞儀をした。
「みなさんありがとうございます。でも良いのです。王子の仰る通り、私には何の力もありません。ユリア様の方がより聖女に相応しいかと……」
その瞬間、パーティー会場は恐ろしい程のどよめきが沸き起こった。あれをどよめきと言って良いのだろうか分からない。ただデッカい独り言や悲鳴が沢山聞こえた。
壇上にいる王子とユリアは顔色をなくしているようだが、私もこの機会を逃したくない。国王夫妻が中座したタイミングを狙っての蛮行だと分かっているが、これだけの証人がいればひとまず安心だ。
「それでは私はこれで。お二人の幸せを遠くから祈っておりますわ」
そう告げて、そそくさと会場を後にする。呼び止める声が聞こえてくるが、聞こえないフリに限る。
シャーロット・オンデ、十八歳。ようやく自由の身を手に入れたのだ。
◆ ◆ ◆
目立ちすぎる髪の毛は、ざっくりと切り落とした。
そもそもこの手入れしにくい長髪は私の趣味ではない。ただ周囲が求めるので、そして手入れをしてくれる人がいたので伸ばしていただけだ。
だがこれからは聖女でもなんでもない、ただのシャーロットなので必要ない。男性のようにすっきりした髪の毛は、襟足がスウスウするとは知らなかった。それもまた嬉しい。
パーティー会場から抜け出した私は、誰よりも早く神殿へと戻った。馬で? いいえ、自分の足で。神殿にほぼ軟禁されていた私だが、暇で暇で仕方なかったため、夜な夜な神殿の外を走っていた。日中は人目も警備も厳重な神殿だが、夜は門扉以外手薄になる。そしてなにより太陽の眩しさがないため走りやすいのだ。
そうやって鍛えた脚は、恐らく多分、それなりに速いのだろう。
騒ぎが大きくなる前の神殿に帰宅した私は、自室にある金目のものを全て集めた。聖女とはいえ給与が出るのはありがたかった。それから布で胸元を巻き平らにする。くたびれた麻のシャツ、ズボンの裾をブーツに入れた。それから髪の毛を切ったという訳だ。
鏡の前に映る自分は、意外と男性に見えるかもしれない。姿見の前でくるりと一回転した。これなら中性的な男性に見えるかもしれない。
切り落とした髪の毛を袋に詰め込む。これはどこかに捨てておこう。
「あ、そうだわ書き置きを残さなきゃ」
――王子の幸せをお祈りします。探さないでください。今までありがとう。
最後に自分の名前を署名したら終わりだ。これ以上ここにいてもボロが出るし、王子たちの結婚を邪魔することになりかねない。
開けたままの窓から、私は静かに抜け出した。
◆ ◆ ◆
初めて自分で注文した料理は、熱くて美味しい。
神殿では毒味をされたものを食べていたから、いつも冷めていた。温度というものは美味しさに関与していると思う。下町の料理屋でも、何を食べても美味しいのだから。
舌鼓を打つ私の隣に誰かが座った。
「いい食べっぷりだな兄ちゃん」
前歯が抜けている痩せぎすの男だ。彼をジッと見て、それからハッと気がついた。
私に話しかけているのか。
兄ちゃんと呼ばれたので誰のことかと思っていたが、よく考えなくても私とバッチリ目が合っている。私の変装はどうやら見事に男の目を欺いているようだ。
気分をよくした私は、男に勧められるがまま酒を飲んだ。旨い。甘くて飲みやすい酒をグイグイ飲んだ。
「あえ……?」
一瞬、いや少しの間眠っていたようだ。危ない。目を覚ますと私は小さな小屋のような所に入れられていた。ご丁寧に柵がついている。どうやら檻に入れられてしまっているようだ。
「けひひ、こんな上玉なかなかお目にかかれねぇ。どっかの後妻が若いいい男を捜してたから丁度良いなあ」
一瞬、正体がバレて掴まったのかと思ったがそうではないらしい。
「しかし、兄ちゃん肝が据わってるっつーか……慌てねぇな? 騒がれるより楽だがよ」
こういうとき、私はどういう顔をしたらいいのか分からない。
繰り返すが私は聖女ではない。本物の聖女であれば、そもそもこういった手合いに掴まらない。突然聖なる力で身体が輝くなどといったギミックも付いていない。
「なあ」
不意にどこからともなく声がする。私と男は顔を上げた。高い場所に取り付けてある明り取りの窓に、誰かがいた。そう認識した瞬間、窓が突き破られる。
「う、おおおっ! 誰だっ!」
いかにも小物な台詞を吐きながら、男はあっという間に制圧されてしまった。
私を助けてくれた相手は、鼻血を出す男を近くに落ちていた荒縄で縛る。年は二十歳前後くらいだろうか。顔は恐らくイケメンという部類に入る。少しチャラついた雰囲気はあるものの、品のある顔立ちだった。
もちろん知り合いではない。神殿以外出ない私は、基本的にボッチなのだ。
「無事……みたいだな。あ、俺はオリバー。君は?」
「シャー……ゴホン、シャル」
牢の鍵を取り出した男――オリバーは私に手を差し出してくれた。
これが、私とオリバーの出会いであった。
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