49.小さなお山みたい

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49.小さなお山みたい

「お久しぶりです」  奥の光る目へ、アガリが挨拶する。ずるずると這い出る音がして、山が一つ歩いてきた。 「すごぉい、お山なの?」 「亀ですよ。ほら、手足が生えているでしょう」  アガリの説明でよく見たら、足が四つあった。あと、後ろに尻尾みたいなのも。首はにょろっと出てきて、毛皮はない。後ろにお家を背負っていた。 「お家と一緒に移動する人なんだね」 「……ああ、なるほど。そうですね」  背負っている部分は甲羅で、お家とはちょっと違うみたい。でもあの中に引っ込んだら、ドラゴンでも割れないから強いんですよ、と教えてもらった。硬い甲羅は毎年少しずつ大きくなる。 「亀さん、こんにちは」  もう夜だけど、初めてだからこれでいいかな。挨拶すると、ぶほっと風が来た。それから柔らかな声が聞こえる。 「初めての子だね、よろしく頼むよ」  亀さんはこの地域の主なんだって。森の中心にある滝の陰で、皆を見守ってる。大事なお役目なんです、アガリはそう言った。森の木は水がないと枯れちゃうし、川も森がないと濁っちゃう。お話を聞きながら、アガリが取り出したパンを温める。  チーズも持ってきて、空中の穴に入れていた。これも火で炙ってから、パンにとろりと載せる。熱いので、待ってから食べた。亀さんはパンもチーズも食べない。代わりにお魚とか、岩に生える草を食べるみたい。 「竜族の血を引く子は、必ずこちらの主様にお目にかかって、挨拶する決まりなのです。だから挨拶しに来ました」 「亀さんは外へ出ないの?」 「ええ、普段からこの洞窟に住んでいます」  亀さんはあまりお話ししなくて、でも聞いて頷いたりする。びっくりするくらい長く生きていて、お父さんやお母さんでも敵わないくらい長生き。この森ができる前? 尋ねたら、そうですねと笑う。  この洞窟に来てから、アガリの様子が楽しそう。洞窟は暗いままで、少しだけ灯りをつけた。いっぱいつけると、亀さんが眩しいんだ。僕は亀さんのために我慢できるよ。  明日は亀さんが外に出るので、一緒に泳ぐ約束をした。亀さんはあんなに大きいけど、川のお水が溢れてなくならないのかな。  寝るためのお布団は、やっぱり空中の穴から出てくる。台を用意して、その上にお布団、僕、またお布団だった。洞窟のお家は暗くて、亀さんのために我慢するけど……少し怖い。 「私が一緒です」 「うん、おやすみ。アガリ」 「おやすみなさい」  ほっぺにチューして、アガリの抱っこで横になる。お水の音がたくさん響いて、いつもと違った。静かじゃないのに、同じような音がする洞窟の中は落ち着く。  お父さんとお母さんが一緒に暮らした洞穴は、上に穴が空いていた。ここに天井の穴はない。見上げると、ぴちゃんと水が降ってきた。びっくりした僕に、くすくすと笑うアガリ。亀さんが首を伸ばして、上に被さった。 「ここで眠ると良い」 「ありがとう」  亀さんの陰にいると、上から水は降ってこない。目を閉じて、明日泳ぐのを楽しみに眠る。アガリはディーより温かくて、ぽかぽかした。
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