54.死んで詫びよ ***SIDEヴラド

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54.死んで詫びよ ***SIDEヴラド

 まだ明るい時間に羽を広げて飛ぶのは、久しぶりだった。人間どもは勘違いしているが、別に陽光が弱点ではない。夜の方が能力が発揮できるだけの話だった。  隣を舞うのは、赤き鱗のディアボロス。灼熱の竜王と呼称される、強者だった。彼が魔王アスモデウス陛下のお子を助けた。その縁で繋がったが、彼は誠実で王の地位に相応しい男だ。  増長した人間が、幼子を盾に魔王や先代竜王に攻撃したことは、万死に値する罪だった。たまたま運悪く、進化の封印で眠ってしまったが……そのきっかけが、我が子の危機だったのは想像に難くない。  前回の狩りに参加した者は、ここにいる軍の半数ほどか。単体では弱い人間も、集団になると思わぬ力を発揮する。若者が傷つけられぬよう、年長者には監視役を頼まなくては。様々な算段が浮かんでは消えた。  夕暮れの出発を選んだのは、魔族の特性だ。夜に実力を発揮する種族が多いこと、加えて人間は昼に活動する種族だという事実。見上げる空は、紺色に染まり一部が紫に焼けていた。赤に埋め尽くされる時間を過ぎ、夜の黒へと移行する。  今夜は月も暗かった。話では魔王陛下のお子ルン様を退避させたらしい。配慮に感謝しながら、下降を始めた。眼下に広がる大地に、人工の光が輝く。こんなに近くまで侵食していたのか。  人間を後ろの海まで押し戻す。徹底的に狩り、数を激減させる必要があった。これ以上、同族を傷つけられるのは許せない。まずは手前の小さな村から、小型のドラゴンが火を吐いた。逃げ回る人間を飛び越し、少し大きな町、都市、そして王のいる城へ。  事前の打ち合わせ通り、魔族と竜族が次々に襲撃する。燃え上がる建物と崩れる塀、甲高い悲鳴、怒号、懇願の声。すべてを蹂躙して破壊し尽くすのみ。  人の耳には聞こえない音域で、同族に号令を出した。返事は不要だ。心得た各種族の長が、指令を伝達していく。広がって、それぞれに人間への攻撃を始めた。阿鼻叫喚の嵐、とは、この状態を示すのか。  幼子を抱いて逃げる母親、必死に交戦する男、その後ろで達観した様子で座り込む老人。同情の余地はない。彼らが先に仕掛けたのだ。先手必勝、弱肉強食を掟とする魔族ゆえに、魔王への攻撃自体は甘んじて受ける。  だが幼い我が子を奪われた魔王陛下のお心を思えば、人間への配慮も同情も湧かなかった。愚かな王を戴く己らの不徳を恨め。私に懐いたあの子が、どれだけ恐ろしい目に遭ったのか。怖くて痛くて泣いたのか。寂しいと俯いたのか。  自らも突撃し、人間を数人仕留める。苛立ちは収まらず、再び突撃に加わった。ルン様はこのような復讐を望まない。わかっている、これは私たち自身の復讐だった。 「死んで詫びるが良い」  誰かの発した一言が、すとんと胸に落ち着いた。この国を滅ぼし、今夜のうちに他国も二つほど滅ぼさねばならん。あまりゆっくりしている時間はなかった。魔族に合図を送り、一気に城を攻め落とす。炎上する城を松明に、我らは次の獲物へ視線を向けた。  まだまだ夜明けは遠い。
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