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述懐
俺が先生と呼ぶひとに会ったのは、高校2年生の夏だった。
そうはいっても、彼は学校の教師ではない。
勝手に俺がそう呼んでいるだけだ。
彼も最初はその呼ばれ方を拒絶していたが、俺が諦めないので、そのうち彼のほうが諦めたのだった。
先生、と呼ぶので事足りていたから、彼の本名を知らない。
たとえ聞いたとしても、本名を明かしてくれはしなかっただろうし、便宜上多くの名を持っていそうでもあった。
大きな身体つきをしていて、ラグビーやアメフトの選手をやっていた、と言ったら、誰もがすんなり受け入れるであろう逞しさがあった。
夏なのに薄いトレンチコートを着込んで、その筋肉の鎧を覆い隠しているかのようだった。
無造作に切った長めの髪から覗く目は、普段は眠そうにしているが、俺が初めて出会った時は何よりも鋭利な光を放ち、そして誰もがそれに揺さぶられるに違いなかった。
そう、俺がそうだったように。
先生は俺に生きる指針を示してくれた。
「退屈は、手放す覚悟がない奴のとこに来るのさ」
それは、繰り返す日々に倦んでいた高校生の俺には鮮烈で、眩しくて、憧憬の念を抱かせた。
その後の進路を決めたとき、先生の影響は絶大なものだった。
今、俺がこうしてあるのは、彼のおかげである。
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