光岡蓮、29歳

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光岡蓮、29歳

念願だったいわゆる刑事になれて、配属されてからはとにかく張り切っていたところに大きな事件がきた。 平和であることは貴重だし、事件に瑣末も重大もないことは重々承知しているが、それでも気持ちに一本太い柱がたって、立ち向かう気概が奮い立ったことは否めない。 そうはいっても、地道な聞き込みだの裏付けだのがほとんどで、ドラマみたいな華やかなことは起きない。 それでもこれが天職なのだと、自分の担当している他の案件も抱えながら、指示のあった場所があれば足を棒にして歩き回り、隙間時間を見つけては食べたり寝たりして、仕事に没頭する日が続いた。 先輩方からは特に鬼気迫るものを感じた。 10年以上前に犯人から虚仮にされただけでなく、被害者の遺族にも申し訳がないという気持ちが原動力となって、自分以上に寝ても食べてもいないようだった。 何故今になってまた同じことを始めたのか、それとも当時の犯人とは関係のない模倣犯なのか、何もまだわかっていない。 手首に紐なんて証拠品を残しておきながら、他には周到に気配を消している。 あの紐が何なのか、聞き込みの移動時間に先輩に尋ねたことがある。 「さあ、たぶんあれは魚と魚をつないだ紐をなぞらえているんじゃねえか、って話はあったけどな」 10数年前の事件では3人被害者がいたのだが、全員3月生まれだったらしい。 「占いだの星座だの知ったこっちゃねえが、魚座っていうの、あれは魚が2匹つながってんだよ」 先輩から聞いて、自分も検索してみた。 アフロディーテとエロスという親子が、テュフォンとかいう怪物に襲われて川に逃げ込んだときに魚に姿を変えたらしい。 そして、はぐれないように紐でつないだんだとか。 「どうしてそんなことをしたんですかね」 素朴な疑問に、先輩は低い声を絞り出した。 「それを取っ捕まえて、聞いてやるのよ」
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