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にん、と思わず人差し指を立てて、印を結ぶ真似事をする蘭磨。あのポーズって一体誰が最初に考えたのだろうか。案外、どこぞの漫画が発祥とか、そういうこともあるかもしれない。
外国人からも、織田信長のあたりはコアなファンが多そうである。そういう激重ファンの前で変に信長を名乗ったりしたら刺殺されそうな気しかしないが。
「自分は侍で、織田信長だと。あくまでそう主張するわけか。……まあ、どういう妄想に浸っても自由だけどさ。歴史オタとか外国人の前でそういうの、やめときなよ。悪いこと言わないから」
「わかっておる、信じて貰えぬ話であることも、安易に信じて貰っても困る話であることもな」
ただ、と彼女は上履きを靴箱にしまいながら言った。
「今ここにいる儂、織田信花の肉体は本当に信長の子孫なのであるぞ?世が世なら、儂は本当に現世でも武将になっておったかもしれぬ。女の身では少々厳しかろうが」
「は?」
え、と固まる蘭磨。確かに、織田、というのはそこまでよくある苗字でもないが。
「……まてまて。おかしいって。織田家の十七代目の跡取りとか、そう言ってたスポーツ選手いたぞ?フィギュアの」
ついツッコミ入れてしまう。非常に有名な話だ。
確か織田信長の七男である、織田信高の子孫だと言っていた気がする。途中の家系図が失われていて真偽のほどは確かでないようだが。
「織田信長の子孫が一人二人なはずなかろう。妾の子などもおるから尚更よ」
呆れたように信花は返してきた。
「歴史書で語られているだけでも、信長には二十人以上の子供がいたことがわかっているはず。妻やら妾やらたくさんいた戦国の世ではなんら珍しいことではあるまい。最終的には織田信長が亡くなったあとで全員悲惨な最期を遂げているとされておるが……実のところは秀吉らに存在を知られることなく逃げおおせた者もおったからなあ」
「……なんでそんなことがわかる」
「儂の家にいろいろ記録が残っているからだが?儂の先祖である織田信長の娘、“夏姫”は非常にまめな人物であってな。教養もあり、様々な記録を残してくれているのだ。……まあその記録の一部は、空襲で焼けて灰になってしもうたが」
なつひめ。
そんな名前の女性、聴いたこともない。本当に、織田信長の娘にそんな女性がいたのだろうか。
一体どこからどこまで本当のことで、本気で信じていることなんだろうと疑ってしまう蘭磨。ただ。
――面白くはあるな。
設定として、一緒に楽しむのは悪くないかもしれないと、そんな気はしてきた。自分をまきこむのは御免被りたいが。
「確かに、歴史書に記されていない娘や息子がいてもおかしくないか。戦国時代だしな」
「だろう?」
蘭磨が乗っかると、わかりやすく信花は目を輝かせてきた。
「そして、歴史書や……令和の世には書かれていない、伝えられていないことがこの世にはたくさんあるのだ」
玄関から出て、ガラス戸を思い切り開け放つ信花。日が長い六月――燦燦と照る太陽が、彼女の長い黒髪をキラキラと輝かせている。
「例えば……明智光秀が何故、儂に謀反を起こしたのか、とかな」
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