<26・工場。>

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 ***  工場の建物は二階建てらしい。  元々は一階に大きな機材でもあったのかもしれなかった。あるいは、たくさん物資のダンボールでも積み上げられていたのだろうか。だだっ広い空間にはステンレス製の棚がいくつか残っているものの、それ以外には動くかどうかわからないフォークリフトと、錆びた鋼材が隅に積み上げられているのみ。コンクリートの床の上は、不自然なほどがらんとしている。 「む」  信花が小さく声を上げた。蘭磨も気づいて、やっぱりか、と呟く。  建物に入った途端気づいた違和感。さっきまで遠くで聞こえていた車の音や電車の音が聞こえなくなった。――やはり、先に狭間の空間を使われてしまったらしい。 「よく来てくれた、さすがは織田信長」  鋼材の影から、小さな影が歩み出してきた。  日が高い時期とはいえ、電気が通っていない工場の中は薄暗い。その顔がはっきりと見えるまでは、しばし時間を要した。 「流石に、僕との決闘を逃げるなんてことはしなかったか。それでこそ我が好敵手というものよ」 「長政、か……」 「おうとも」  その後ろから、灰色の髪の毛をお団子状にまとめたロングスカートの女性も姿を現す。日向に出てきた二人の姿が良く見えた。どことなく面影が似ているような気がするのは、二人が伯母と甥という間柄だからだろうか。  少年の顔は、ホームページで見た浅井凛空に間違いなかった。ならばやはり、一緒にいる女性は市原律子で間違いないのだろう。 「先日は、やや卑怯な手を使って申し訳なかった。こちらとしても、森蘭丸には早々に消えて貰いたい事情があったものでな」  まだ小学校低学年であるはずの凛空は、高く愛らしい声でくつくつと笑う。整った可愛い顔立ちと声に似あわない、まるで大人のような物言い。子役の演技というより、これが素であると言わんばかりだった。 「改めて名乗ろう。僕が浅井長政である。現在の名は、浅井凛空。こちらは僕の愛しいお市の方であり、現在の僕の伯母の市原律子だ。挨拶するといい、お市」 「皆様、はじめまして。それから……お久しゅうございますわ、兄上」 「お市……」  律子は上品に微笑むと、ぺこりと頭を下げてきた。因縁を考えると、あまりにも複雑な相手。信花も困惑した表情を隠しきれずにいる。  前世のことを、彼等は信花や蘭磨たちより強く覚えている、ということなのだろうか。まあ喋り方に関しては、信花のように“侍マニアゆえの素”なんてこともあるのかもしれないが。 「……俺達が邪魔なんだろうなってのはわかってる。でもその前に、こっちとしてもいくつか訊きたいことがある」  信花は話しづらそうだ。蘭磨は口を挟むことにした。
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