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自分が愛していたものを無理やり捨てさせられて、我慢させられて、痛いことも痛いと言えなくなって。己がそういった魂の牢獄に押し込められても、まだそれが正しいと言えるのか。
世界の平和のために、一人の心を犠牲にする。
それを正しいと繰り返したら必ずいつか、自分自身も犠牲にされる番が巡ってくるのだ。その時嫌だ怖い辛い痛いと泣き叫んでも遅いというのに。
――そうだ、それが間違ってるってことは……俺が一番よく、知っている。
人はそれぞれ個性がある。弱さも強さも、好きなものも嫌いなものも違う。だから争う。争って何かを手に入れ、自分にはないものを取り入れて進化していく。
手を取り合うことだけが絶対の正義だなんて――そんなこと、間違っているではないか。
「浅井凛空に市原律子。あんた達、気づいてるのか?それは独裁者の理論ってやつなんだぜ?その根底に、どんな善意があったとしてもだ」
宝玉の力で押し付けられる“戦乱なき世”に、未来なんてものはない。
「俺は嫌だね。人が争いながらも……本当の心で納得して認め合うからこそ、繋ぐ手に意味があるんだ。綺麗事だとしても、俺はそんな世界で生きていたい」
意思を捻じ曲げてしまうほどの力など、宝玉など、この世界にあるべきではない。
例えそれを持つ者がどれほど心から平和を望んでいたとしても、だ。
「……やれやれ。そのようなことを言っても結局、宝玉を破壊する方法なんか見つけられなかったくせに」
呆れたように、律子がため息をついた。
「織田信長とその仲間たちといえど、結局肉体はまだまだお子様ということね。長政様、交渉は決裂のようですわ。ならば、叩きのめして差し上げる他ないのではなくて?」
「ああ、そうだな、仕方ない。……織田信長よ」
どうやら、凛空も腹をくくったらしい。まっすぐ正面に向けられる小さな掌。そこに、一振りの日本刀が出現した。
あれは、と蘭磨は目を見開く。浅井一文字。太刀銘一とも呼ばれるこの刀は、浅井長政の愛刀としてあまりにも有名だ。そして、彼が織田信長の妹であるお市の方と結婚した折に、信長から贈られた刀だとも言われている。
備前の刀工集団である福岡一文字派の傑作であるその刀は、残念ながら1923年の関東大震災により、完全に焼失してしまったのではなかっただろうか。まさか焼失した刀であっても、付喪神だけは残っていたとでもいうのか――。
「僕は嬉しいぞ。今度こそ、お前と真の決着をつけることができる。……さあ、お前とお前の愛した者達の力、この僕に存分に示してみせよ!」
がん!とコンクリートを砕くような大きな音が聞こえてきた。凛空がその手に握った不釣り合いなほど大きな太刀を、床に突き立てた音である。
瞬間、そこを中心に真っ赤な炎の渦が噴き上がったのだった。
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