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「そなた、その弓ただの弓ではなさそうよな。驚いたぞ、ここまでしなる頑丈な金属があろうとは」
「ふふふ、当然ですわ、お父様。わたくしの弓も、貴方様と同じ……武士の、特別な弓でございますから。そう」
ぶわ、としのぶの体を黒いオーラが包み込んだ。真っ黒な、巨大な烏のような翼が彼女の背に生える。そして。
「力を示してごらんなさい……コノハテング!」
その翼が大きく羽ばたいた。瞬間。
「“黒ノ烈風!”」
「ぐああああああああああっ!?」
「信花!?」
無数の小さな羽が、信花に襲い掛かったのである。とっさに刀を構えてガードしたらしき信花だが、いかんせん攻撃の数が多すぎた。頬に、腕に、足に、細かな切り傷が次々刻まれていく。
「て、てめえ!よくも!」
「来るでないと言っておろう!?」
衝撃で膝をつく信花。しかし、彼女は振り向きざま、蘭磨に一喝したのだった。
「こやつは儂が説得すると言ったはず!儂が信じられぬのか、蘭磨!」
「信じるとか、信じられないとかそういう問題じゃねえだろうが!」
彼女と出会ったのは今日が初めて。信頼関係が築けるほど一緒にいたわけではないし、今はそういう問題ではないのだ。
確かに、自分はただの子供だし、特別な力なんて何もない。足手まといかもしれないのはわかっている。そして信花は自力で戦う力とやらを持っていて、それこそ正面からぶつかればしのぶに勝つことも十分できるのかもしれない。
けれど――それでもだ。
「いくら俺が子供だからって、女の子一人置いて逃げられるか!ふざけるなよ!?」
くだらないプライドと言われるかもしれない。でもここで何もせずに逃げて、後で後悔するような卑怯者にはなりたくないのだ。
意地は時に、人の理性の邪魔をする。最善の選択を取らせず、惨めな死を招くことだってあるだろう。でも。
それは、信念とまっすぐ繋がっているのだ。捨ててしまったらもう、自分ではなくなってしまう。
「……そなたの気持ちは嬉しい。しかし、分かって欲しいのだ」
そんな蘭磨の様子に、信花は切なそうに眼を細めて言ったのだ。
「あの日。……本能寺が燃えたあの日。儂はな、あの場で死ななかったのじゃ」
「え……」
「本能寺で、織田信長の死体が見つからなかったのも当然よ。儂は、そなたと光秀に隠し通路から逃がされた。おぬしらに守られたのじゃ。光秀は儂が死んだ証拠の代わりに、儂が最も愛した者の首を切り落として皆に見せつけることを選んだのよ。そなたと光秀が、共に打った盛大な芝居。……そうでもしなければ、守れぬものがあった。記憶が朧気だが、それだけは覚えておるのじゃ」
でもな、と信花の顔がくしゃりと歪む。
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